北九州の景色

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洞海湾と皿倉山
  [2016/01/09]
 

洞海湾は、北の石峰山と南の皿倉山の間の細長い湾で、東に湾口はあります。北九州市の若松・戸畑・八幡東・八幡西区の4区に面しています。その形状から洞穴が連想されて名が付いたといわれています。湾内の水深は浅く、江戸時代から流入する河口付近は新田・塩田として開発され、明治になると、大規模な浚渫と埋め立て工事が行われました。官営八幡製鐵所が建設されると、湾岸に北九州工業地帯が形成されました。戦後の高度成長期には、工場排水、更には家庭排水によって洞海湾は汚染され、死の海といわれました。官民の協力もあって、北九州市は公害を克服し、それとともに洞海湾は蘇りました。現在、北九州市は環境先進都市になっています。
皿倉山は、洞海湾の南の八幡東区にあり、標高622mの北九州を代表する山で、北九州国定公園の一部になっています。皿倉山には神功皇后伝説が残されていて、皇后が国見の後「さらに暮れたり」と言ったことから、更暮山・更暗山と転じ、皿倉山になったと伝えられています。皿倉山麓からケーブルカー、スロープカーを乗り継ぐことにより山頂に到り、山頂からは眼下に眺望が広がります。
八幡西区築地町の洞海湾岸から北の眺めです。対岸は若松区二島埋立地です。向こうは石峰山連山で、中央近くの鉄塔が立っている所が石峰山の山頂です。
   
八幡西区築地町の洞海湾岸から振り返っています。工場地帯の倉庫の間から皿倉山が見えます。  
   
洞海湾の西端は八幡西区本城の新々堀川の河口です。新々堀川の河口に架かる本城橋から東側を眺めています。洞海湾の先に、なだらか丘陵地の戸畑区の牧山が見えます。その左斜面が都島展望公園です。手前左は冬の渡り鳥です。
   
八幡西区本城の本城橋から南東の皿倉山の眺めです。
新々堀川については、「八幡のまちかど」の「堀川」をご覧ください。
 
   
八幡西区本城と若松区の二島埋立地の二島工場団地の間は江川の河口です。その八幡西区側に洞北緑地があります。そこからの皿倉山です。
洞北緑地については、「北九州点描」の「洞北緑地」をご覧ください。
   
江川河口に奥洞海橋が架かっています。そこから対岸の二島工場団地、皿倉山の眺めです。洞海湾の北西端で、艦船を解体する工場があります。  
   
二島埋立地の若松区南二島4丁目の南側から南東の皿倉山の眺めです。手前の左の小山は対岸の黒崎城跡の城山です。先程の八幡西区築地町はその左になります。
城山については、「八幡のまちかど」の「黒崎」をご覧ください。
   
国道199号線を東進し、藤ノ木駅を過ぎた宮丸1丁目交差点を北に急な坂道を昇って行った、山腹の若松区大池町からの皿倉山の眺めです。洞海湾の対岸は八幡製鐵所の洞岡(くきおか)です。皿倉山の麓に八幡の市街地が広がっています。  
   
山腹の若松区大池町から更に東に行くと高塔山です。若松区の高塔山は公園化されています。その高塔山公園の山頂にある展望台からの眺めです。展望台から北東方向に洞海湾の湾口があり、関門海峡西口付近になります。対岸は八幡製鐵所の戸畑です。左手の先は若松区の臨海工場地帯です。明治以来湾口付近は埋立てられ、手前の市街地もほとんどが埋立地です。
   
高塔山公園展望台から東方向の眺めです。洞海湾に架かった若松と戸畑をむすぶ若戸大橋は、1962(昭和37)年に完成しました。橋の向こうの工場の大部分は、八幡製鐵所の戸畑です。手前は若松の市街地です。若戸大橋の下付近に中ノ島がありましたが、1940(昭和15)年切り取られました。埋立てられる前は、その付近が湾口でした。  
   
高塔山公園展望台から南方向の眺めです。皿倉山は洞海湾の南に位置します。
高塔山公園については、「北九州のみどころ」の「高塔山公園」をご覧ください。
   
JR若松駅の南側の若松南海岸から若戸大橋がある北東方向の眺めです。左側、石炭積出港として栄えた洞海湾岸の若松南海岸通りには、かって石炭会社を中心とするオフィスビルが並んでいました。エネルギー革命により石炭から石油へのエネルギーの主役が代わった後に、若戸大橋は建設されました。  
   
若松南海岸から皿倉山がある南方向の眺めです。手前左側は牧山海岸です。
若松南海岸については、「北九州のみどころ」の「若松南海岸」をご覧ください。
   
若戸大橋を渡って、若松区から戸畑区に入り、若戸大橋の戸畑側の橋台下にやって来ました。対岸が若松です。  
   
牧山の北側斜面から洞海湾にかけて、都島展望公園があります。洞海湾にあった都島を埋め立ててできたのが牧山海岸で、この公園に島の名前が残されています。都島展望公園の上から北東方向の眺めです。洞海湾に架かった若戸大橋があり、手前は都島展望公園です。
   
都島展望公園の上から西方向の眺めです。洞海湾の手前を左に入って行くと泊地があり、その間が洞岡と陸続きなった葛島(かつらじま)です。洞海湾は奥に行くと、中央の二島埋立地をはさんで、左右に伸びています。左側が洞海湾の深奥部になります。  
   
都島展望公園の上から南西方向の眺めです。海面は泊地で、山は皿倉山です。海面右の工場は八幡製鐵所の洞岡で、1959(昭和34)年埋め立てで、葛島と洞岡は陸続きになりました。海面奥の工場は八幡製鐵所の東田です。
都島展望公園については、「北九州点描」の「都島展望公園」をご覧ください。
   
八幡東区高見の板櫃川沿いから、南西方向の皿倉山を眺めています。高見は、官営製鐵所の官舎用地として開かれた所ですが、1996(平成8)年からは官民による住宅市街地総合整備事業が行われました。
高見については、「八幡のまちかど」の「高見」をご覧ください。
 
   
八幡東区勝山の大蔵小学校前から、南西方向の皿倉山を眺めています。
勝山については、「八幡のまちかど」の「羽衣町・勝山・景勝町」をご覧ください。
   
八幡東区東田の洞海湾岸です。横には日本中央競馬会の場外馬券発売所ウインズ八幡があります。海面は泊地で、対岸は八幡製鐵所の洞岡です。東田はわが国の近代製鉄発祥の地です。現在は洞海湾の泊地周辺に一部工場が残る程度です。
東田については、「北九州のみどころ」の「東田」をご覧ください。
 
   
八幡東区東田のJR八幡駅の北から、南方向の皿倉山を眺めています。
八幡駅については、「八幡のまちかど」の「八幡駅前」をご覧ください。
   
標高622mの皿倉山には、山麓からケーブルカーが運行されています。八幡東区尾倉から皿倉山ケーブルカー山麓駅に向かいます。
皿倉山については、「北九州のみどころ」の「皿倉山」をご覧ください。
 
   
皿倉山ケーブルカーは1957年(昭和32)年に開業し、2001年(平成13年)6月からはイエローが「はるか」、ブルーが「かなた」と名付けられた車両で眺望を楽しんで、6分で山上駅に着きます。
皿倉山ケーブルカーの時刻や料金については、下記の公式ホームページをご覧ください。
  http://www.sarakurayama-cablecar.co.jp/
ケーブルカーの山上駅の上は、2007(平成19)年12月からはスロープカーの乗り場になっています。3分間の窓外の北九州のパノラマを眺めるうちに、山頂展望台に着きます。  
   
右端がスロープカーの展望台駅で、山頂展望台は2階建てになっていて、2階は窓の広いパノラマ展望室で、レストランも併設されています。屋上は展望テラスになっています。
   
展望テラスからは高低差がなく皿倉山の山頂になります。  
   
展望テラスからの眺望です。右に若戸大橋が見えます。その上の右側が湾口になります。若戸大橋の下、南側が牧山です。その左、西側に洞海湾は伸びています。その対岸の左が陸続きなった葛島で、その下、南にあるのが泊地です。
   
展望テラスからの西側の眺望です。洞海湾が西に伸びています。右端に八幡製鐵所の洞岡があり、その左隣は築地町の工場街で、その左隣に高い煙突が2本見える所が黒崎の北側の三菱化学です。その付近から上に海面が伸びているのが江川の河口で、洞海湾の左端は新々堀川の河口です。  
   
皿倉山の夜景です。
   
皿倉山山頂展望台の展望テラスからの夜景です。洞海湾の東側です。
皿倉山のケーブルカーとスロープカーは、土・日・祝日(一部の金曜も)は夜間運行します。
 
   
展望テラスからの夜景です。洞海湾の西側です。ひときわ明るいのは、夜間開催している若松競艇場です。

 

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