旧石器・縄文・弥生

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旧石器・縄文・弥生
縄文時代 
 

1.貝塚

縄文時代は今から1万3,000年前に始まります。地質年代は新生代・第4紀・完新世(沖積世)に当たります。石器時代としては新石器時代になります。旧石器時代と違うのは土器を作るようになったことです。土器の表面を縄で模様をつけた縄文土器が作られました。この土器によって名付けられた縄文時代は紀元前4・3世紀までで、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期に区分されます。
氷河時代が終わって、気候は温暖化し、4500年前まで海面は上昇しました。その後、気候は現在に近くなり、海面も現在に近くになります。この現象を海進・海退と言います。
北九州で見てみますと、紫川下流域は湾となっていました。河口部は狭く、奥の深い湾になっていました。板櫃川河口も湾入していました。しかし、二つの川の下流域に湾があった小倉の縄文時代の遺跡には貝塚はありませんでした。
貝塚は縄文時代人のゴミ捨て場でした。貝を食べた後の貝殻や魚・獣の骨、壊れた石器・骨角器・土器を捨て、時には死んだ人を葬ることもありました。貝殻は腐りませんし、カルシウムが主成分ですので、捨てられた骨なども残り、貝塚は縄文時代を研究する遺跡として大きな役割を果たしています。

遠賀川流域と洞海湾岸の遺跡には貝塚があります。海進時、遠賀川流域は海面の上昇により深い入海となり、東の洞海湾と通じ、岬や小島が散在し、複雑な海岸線になっていました。

このような遠賀川流域の状態を古遠賀湾、洞海湾も平野部が入海になっていて、古洞海湾と呼びます。
古遠賀湾口は広く開いており、それは砂の堆積、季節風や隆起によって砂丘が発達して、その発達によって湾口をせき止め、山から運ばれて土砂が内海を埋め、干潟となり、湿地帯となり、現在の地形となっていきました。この古遠賀湾岸に貝塚群があります。響灘に面した山鹿貝塚(芦屋町)、その反対に内海深くにある楠橋貝塚(八幡西区)・新延貝塚(鞍手町)・天神橋貝塚(直方市)、古洞海湾岸にある黒崎貝塚・永犬丸貝塚(八幡西区)があります。

八幡西区黒崎の黒崎貝塚石碑

 

2.縄文時代の生活

北九州の縄文人の生活は、照葉樹林からカシ・シイなどの堅果、クズ・ワラビ・ヤマイモなどの根茎類を採集し、外洋や内海の魚介類を骨角器で作った釣針やモリ・漁網で、木で作ったクリ舟を使って漁労を行い、イノシシ・シカ・野ウサギ・キジ・ヤマドリを狩猟していました。一定地域に定住するようになっていて、漁労と狩猟を男が、採集を女が主にやっていたと思われます。住居は地面を掘り、それに屋根をのせた竪穴住居で、それが幾つか集まって集落が形成されました。集落の中央には広場があり、それを囲む住居群がムラになってゆきました。このムラにはまだ身分の差がなかったと思われます。
山鹿貝塚から3体の人骨が発掘されています。2体は女性で、1体は乳児でした。2体の女性には、大珠のある首飾り、耳飾り、かんざし、貝輪などの呪術的な装身具で飾られ、大自然に恵みが多いことを祈り、自然の脅威から守るための祭祀を行い、ムラの人々から畏敬の念を集めた巫女であると思われます。
この時代の遺物として、人あるいは動物をかたちどった土製品の土偶があります。妊娠した女性像が多いのは、やはり大自然の恵みが多いことを祈ったり、再生を願ったものと思われます。

 

3.照葉樹林

長い縄文時代なので、気象の変化も大きく、更に、日本列島も長いため、その様相は違っていました。早期はまだ日本列島は寒冷で、針葉樹林が西日本にも及んでいました。前期以降、針葉樹林は北海道の東部のみになり、北海道西部から本州の中部地方までは落葉広葉樹林に覆われていて、西日本から九州は照葉樹林でした。後期・晩期になると、根茎類の採集具と思われる扁平打製石斧やドングリをすり潰す磨石・石皿が目立って多くなり、小倉南区の下吉田・長行遺跡で多く見られるようになります。やはり、小倉南区の春日台遺跡では貯蔵穴も見られます。周防灘沿岸ではこのような遺跡が5q間隔で分布していました。
落葉広葉樹林の果実は照葉樹林より豊富で、東日本は西日本の10倍の人口を有していました。これは果実の採集とともに、サケ・マスの漁労による食料が豊富にあったためです。
照葉樹林帯に於ける今までの生活は次第に限界に達していました。そして、それは海外の交流にその打開を求めるようになります。朝鮮半島では紀元前1000年頃までには、中国の揚子江下流域を起源とする稲作がもたされていました。日本へは、揚子江下流域から朝鮮を経由するか、または直接北部九州に渡って来ました。朝鮮半島東南部と北部九州の海人はかかわりをもっていました。
縄文晩期の水田跡が唐津市の菜畑遺跡や福岡市の板付遺跡で見つかっています。

 

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