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到津の森公園     小倉北区上到津4丁目  [2015/04/11]
 

 
 
2002年(平成14年)4月13日、到津の森公園は開園しました。前身は西日本鉄道の到津遊園でした。閉園を惜しんだ市民の声が北九州市を動かし、閉園と同時に市の所管となり、2年間新しい構想の下に整備され、市民の動物園として再開されました。

到津遊園は、1932年(昭和7)年西日本鉄道(西鉄)の前身の九州電気軌道(九軌)によって、開業25周年記念事業として開園されました。昭和の初め頃、電鉄各社は沿線開発のため遊園施設に力を入れていました。そのきっかけは、箕面(みのお)有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)の創業者小林一三による、宝塚の温泉・歌劇・動植物園がある遊園地の成功でした。1911(明治44)年門司・黒崎間の九州電気軌道の電車が開通しましたが、ここはその沿線にある、当時の小倉市到津の丘陵地でした。到津遊園は、翌1933年(昭和8)年に動物園を開園しました。

1938(大正7)年に鈴木三重吉により創刊された童話・童謡の児童雑誌「赤い鳥」の影響で、大正末から昭和の初めにかけて、全国で児童文化活動が盛んに行われました。北九州でもその活動を進める団体が結成されました。大分県玖珠出身の児童文学者久留島武彦(1874-1960)は全国で童話の読み聞かせ、口演童話活動を行っていました。1924(大正13)年ボーイスカウトの第2回世界ジャンボリーに、副団長として久留島がデンマーク派遣された時、アンデルセンの生家や墓が荒れ放題に放置されているのを見て、アンデルセンの復権を呼びかけました。アンデルセンの生家に記念館をつくるのに久留島の意見が寄与したといわれています。このため、デンマークの人々から久留島武彦は「日本のアンデルセン」と呼ばれました。

北九州の児童文化活動団体に久留島武彦は呼ばれていました。この活動の中で、久留島の発議により九州電気軌道社長の村上巧児は到津遊園を開園します。九州電気軌道をはじめとして5社が合併して西日本鉄道が1942(昭和17)年に設立され、村上は初代社長に就きました。1937(昭和12)年到津遊園で林間学園が始まりました。森と動物園を背景に、児童の健康と情操教育に役立てようとするものでした。初代学園長に久留島武彦が就き、戦後の1959(昭和34)年まで務めました。林間学園は現在まで続いています。

戦況が悪化した1944(昭和19)年、到津遊園は警察に接収されて閉園し、全国の動物園と同様に動物が殺処分されました。戦後1946(昭和21)年に再開されました。園長に就いたのは阿南哲朗(1903-79)でした。九州電気軌道の社員として阿南は、1932年(昭和7)年の到津遊園の開園に際して企画運営に携わりました。それ以前より、阿南は児童文化活動を行っていました。阿南は、民謡・童謡では野口雨情を師とし、久留島武彦から童話や口演童話活動を教えてもらいました。久留島の跡を継いで、阿南は林間学園園長に就いています。

戦後5・6年後になると大型の動物たちが購入され始めました。高度成長期に入ると、次々と購入され内容は充実していきました。また遊戯施設も新規建設されていきました。時代が進み、レジャーが多様化し、到津遊園は経営不振に見舞われました。2000年(平成12年)到津遊園は68年の歴史の幕を降ろしました。

再開された園名は、到津の森公園というように、大きく育った森はそのまま残されました。森の中の坂道は階段がなくなり、登りやすい、幅広いスロープになりました。動物数は減っていますが、コンクリートに鉄の檻でなく、動物達の環境は自然に近い状態になっています。動物のエサ代を使途とする動物サポーターや、園の運営経費に充てる到津の森公園友の会などの市民の支援制度が市民の動物園をバックアップしています。

動物の名前や説明は、到津の森公園ガイドの表記や園内の説明を参考にさせていただきました。
到津の森公園の公式サイトは次の通りです。
 http://www.itozu-zoo.jp/
車を利用すると、入場するのは北口の北ゲートです。北からは国道3号線戸畑バイパスの井堀5丁目交差点を南に下ります。南からは県道296号大蔵・到津線の上到津4丁目交差点から北に行きます。金比羅池の北、交通公園の南側の到津の森公園北口交差点を東に入って行きます。ゲートの手前に2階建ての第2駐車場があり、ゲートのすぐ左横に第1駐車場があります。こちらが北ゲートです。
徒歩やバス利用の場合は、南口の南ゲートです。旧電車通りの県道296号大蔵・到津線に面している入口を入り、長いアプローチを進むと南ゲートがあります。
   
北ゲートを入って右側の柵の中にロバがいます。その先にコースがつくられて、有料ですが子供達はロバに乗ることができます。これから先はふれあい動物園ゾーンになります。  
   
反対側の左手はサルヤマです。ニホンザルがいます。
ロバの先の右手にヤギが柵の中にいます。食べているのは与えるように売っている餌です。その先にロバの岩山が二つあり、高い所を丸太でつながっています。その間をヤギは渡って行きます。
ヤギの先は下り坂になります。右手の階段を下りると建物があり、休憩所があります。建物の左手はウサモルハウスで、屋内で、ウサギとモルモットと触れ合うことができ、子供達は大喜びです。建物の前で順番を待っています。
ウサモルハウスの前で、道路のすぐ側ににプレーリードッグがいます。プレーリードッグは北アメリカ中央部に分布します。プレーリードッグは草原(プレーリー)の地下にトンネルを掘って生活し、地上で後足で立ち、「キャン、キャン」と犬のように鳴きます。
   
道路を挟んだ左側にはレッサ―パンダとアライグマがいます。レッサ―パンダは中国南部に分布します。標高の高い竹が混じる森林地帯に生息します。ここのレッサ―パンダは合馬の竹の葉を餌にしています。  
   
隣にアライグマがいます。アライグマは北アメリカから中央アメリカにかけて分布します。水辺の森林に住み、木登りや泳ぎが上手です。水の中で餌を洗うようなしぐさをします。
   
レッサ―パンダとアライグマの所から道路の上を回廊で、マダガスカルゾーンのケージとつながっています。ケージは木が充分入る位の高さがあります。地上より高い位置から観覧します。手前にエリマキキツネザルがいます。エリマキキツネザルはマダガスカル島東部に分布します。  
   
隣のケージにワオキツネザルがいます。ワオキツネザルはマダガスカル島南部に分布します。ケージが1棟増設されています。
   
ケージの先にリクガメ広場があります。中央アフリカケヅメリクガメがいます。左に入って行く道がありますが、後程の復路で訪ねます。  
   
坂道が左にカーブする所の右側にある階段を下りて行きます。左にバードケージ、右に里のいきもの館があります。里のいきもの館です。その右手は「あゆみあるく」の看板が出ています。到津の森公園の1年間の歩みが展示されています。
里のいきもの館に入って行きます。中にたくさんの水槽が並んでいます。池や川の魚や両生類がいます。これは現在では珍しくなったドジョウです。
   
里のいきもの館から奥に行くと、フクロウがいるケージがあります。  
   
里のいきもの館の前のバードケージに入って行きます。大きなケージの中の眼の前や頭上に、色々な鳥類がいます。シロトキです。北アメリカ南部から南アメリカ北部に分布します。
   
フラミンゴです。フラミンゴは南アメリカ沿岸部、西インド諸島、ガラパゴス諸島に分布します。  
   
カモです。
   
オシドリです。日本・中国・台湾に分布します。  
   
クロサギです。この付近でも見かけます。
   
フクロウのケージまで戻り、山手に登って行きます。この丘陵地は郷土の森林というゾーンです。その中のぽんぽこ庭にタヌキがいるはずですが、見ることはできませんでした。ムササビの森というケージがありますが、昼間は巣箱から出てきません。その先にこもれびの径というケージがあります。ハトの仲間がいたり、草の茂みの中にコジュケイやウズラがいます。これはコジュケイです。人がいないと、安心して「チョットコイ」と大きな声で鳴きます。  
   
こもれびの径の下に森の音楽堂がありますが、ムササビの森まで戻り、その先を進むと右手に広場があり、横に高圧線の鉄塔が立っています。その広場の手前にこの石碑が立っています。亡くなった動物たちの慰霊碑です。その下に阿南哲朗の詩があります。

森の友たち あなん哲朗作
キャッキャッキキキ ガオピピルルル ぼくらの森の ぼくらの友が みんなの仲間の代表だ キャッキャッキキキ ガオピピルルル 森に丘に小川に谷に 動物たちの声がする 嬉しい嬉しい声がする キャッキャッキキキ ガオピピルルル
   
坂道を下り、高圧線の鉄塔の先の広場に河野静雲(1887-1974)の句碑が立っています。静雲は、福岡市出身で、時宗の僧で、俳人です。

発心は 悲し勇まし ほととぎす

戦前、到津遊園で俳句大会が開催された時、選者として来園しました。この地はかって吉祥寺があった所で、石童丸の父、苅萱道心のゆかりの地と阿南哲朗から聞いて作ったといわれています。

平安時代、大宰府にあった苅萱(かりかや)の関の関守であった加藤左衛門繁氏は、ある日、正室と側室の間の親しげな中に嫉妬と憎しみで髪の毛が蛇の姿になって絡み合っているのを見て、人の業の深さや自分の罪を悟り、出家を決意しました。秘かに家族と領地を捨て、高野山に登り、苅萱道心と名乗り、修行をしていました。十数年後、出家後に生まれた石童丸と側室であった母は父を尋ねて高野山にやって来ました。女人禁制のため、母を麓に残して高野山登って来た石童丸に会った苅萱道心は、父はすでに亡くなっていると告げました。下山すると、旅の疲れで母は亡くなっていました。再び登った石童丸は、父とは知らず苅萱道心に弟子入りしました。苅萱道心は石童丸に一生父子であると告げず、二人は修行に励みました。
 
   
更に坂を下って行くと、遊具のある冒険広場があり、その先に森の音楽堂があります。森の音楽堂は林間学園の入園式や卒園式の会場になります。
   
森の音楽堂から下りて来ると、旧電車通りの県道296号大蔵・到津線が見えてきました。その前に建っているのが子どもホールです。1936(昭和11)年に完成した鉄筋コンクリート造りの2階建てです。長円形の1階に、それより小さい同じ形の2階が乗り、屋上に階段室があります。子どもホールの前は貸し切りバス専用の駐車場で、1階が団体専用ゲートになっています。2階は休憩所になっています。  
   
駐車場の横を通って進みますと、南口の南ゲートの横に出ます。管理センターの1階部分がゲートになります。
   
道は園内の管理センター前に出て、そこに姿見の池があります。噴水のある池で、その向こうに先程観覧したバードケージが見えます。  
   
管理センターです。入口は2階で、右手に見える階段を下りると1階部分に南ゲートがあります。2階に入って行くと、売店や図書コーナーがあります。旭山動物園のライブモニターも2階にあります。管理センターの屋上は樹冠の世界の入口になります。左側の外部に付いた階段から昇って行くことができますし、館内のエレベーターで屋上に昇ることができます。
   
管理センター2階に配信されている北海道の旭山動物園のライブモニターがあります。シロクマ・ペンギン・アザラシの映像を見ることができます。  
   
樹冠の世界には、高い木をすっぽり覆う、背の高いケージがあります。その2階部分の横が回廊になっています。そこを観覧者は歩きます。木の上のサルや鳥を観察できます。右手のケージの中を、元気よくフクロテナガザルが飛び移っています。フクロテナガザルはマレー半島、スマトラ島に分布しています。喉に大きな共鳴袋があり、遠くまで届く大きな声で鳴きます。
   
左手のケージの中に、大きな色鮮やかなくちばしのオオサイチョウがいます。インド、東南アジアに分布します。くちばしの上の角がサイの角に似ているのでこの名が付いています。  
   
オオサイチョウの隣のケージにニシムラサキエボシドリがいます。アフリカ中南部に分布しています。黒い羽は、光の当たり具合で青みがかって見えます。
   
回廊を出るとセイロンゾウの前に出ますが、そこを左に行ってトラの前に行きますと、オウギバトがいるケージがあります。オウギバトはニューギニア北部に分布する、ハト類の中では最大種です。  
   
林や小さな池がある所にトラがいます。トラはインド、東南アジア、極東に分布しています。ここからUターンしてセイロンゾウの方に戻ります。通路の右手が樹冠の世界で、左手が林床の世界です。
   
左手の先にセイロンゾウがいます。アジアゾウの一種のセイロンゾウの「サリー」と「ラン」はスリランカから1979(昭和54)年に来ました。  
   
先の右手にワライカワセミのケージがあります。ワライカワセミはオーストラリア南部に分布します。大きな人の笑い声のような声で鳴きます。
   
その先のケージにゴシキセイガイインコがいます。ゴシキセイガイインコは東南アジア、ニューギニア、オーストラリアに分布し、群で行動します。  
   
左手の先にチンパンジーがいます。チンパンジーはアフリカ西部から中央部に分布します。
   
同じ左手の先にクロキツネザルがいます。クロキツネザルはマダガスカル北西部に分布します。  
   
右手の先にマンドリルがいます。マンドリルはアフリカ西部に分布します。強いオスの下、10頭位の群で行動します。
   
左手の先にワオキツネザルがいます。ワオキツネザルはマダガスカル島南部に分布します。  
   
この先左手は草原の世界になります。ライオンの前に来ました。ライオンは濠がめぐらされた草木の茂った土の上で暮らしています。ライオンはアフリカ中央部から南部、インド北西部に分布します。
   
左手の先にアミメキリンがいます。アミメキリンはアフリカ中央部から南部に分布します。
ここの右手に芝生広場があり、その周辺は遊園地になっています。
 
   
アミメキリンの先に行った左手の奥にチャップマンシマウマが見えます。チャップマンシマウマはアフリカ南部から東部に分布しています。
   
更に左手の先にミーアキャットがいます。ミーアキャットはアフリカ南部に分布します。二本足で立ち日光浴をします。それは敵を発見するのにも役立ちます。  
   
ミーアキャットの先、右側にホウジロカンムリツルのケージがあります。ホウジロカンムリツルはアフリカの東南部に分布します。
この先はアライグマ・レッサーパンダの前の通りに出ますが、引き返して芝生広場に向かいます。
   
芝生広場の周りをミニモノレールが回っています。その先の丘の上に観覧車があります。  
   
芝生広場の東にはメリーゴーラウンドが回り、その先に子ども汽車が走っています。
観覧車の下に山頭火の句碑があります。

 到津遊園
人影ちらほらと あたゝかく
獅子も虎も ねむってゐる
       山頭火

1934(昭和9)年2月21日山頭火は来園しました。

反対側に坂を下りると、北ゲートの近くに出ます。


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