北九州のみどころ

ホーム


平尾台
    小倉南区  [2012/06/02]
 

 
平尾台は、標高が350〜700mの結晶質の石灰岩からなるカルスト台地です。小倉南区を中心に隣接する行橋市、田川郡香春町、京都郡苅田町、同みやこ町に及び、面積は約12万kuになります。平尾台は、天然記念物、北九州国定公園、筑豊県立自然公園に指定されています。平尾台の石灰岩は、3億年前赤道付近でサンゴ礁として堆積したものが、プレート運動によって移動して来ました。その後、石灰岩は地下深くに押し込まれ、地下のマグマの熱を受けます。このため、堆積したままの化石を含む非結晶質石灰岩の山口県の秋吉台と違い、平尾台の石灰岩は化石を含まない結晶質石灰岩からなります。地表に現れた平尾台の石灰岩は、約160万年前の新生代第4紀になると、ピナクルやドリーネができ、地下には鍾乳洞が発達してカルスト地形ができました。
ここでは、大平山(おおへらやま)から南東に続く連山の南側、平尾台自然の郷の東側、東西2.4km、南北2.7kmの範囲を紹介します。大平山から南東に続く連山の北側については、「北九州の景色」の「平尾台と貫山」をご覧ください。  
国道322号線からの平尾台の眺めです。右側で石灰岩が採掘されています。平尾台は石灰石を採掘する産業ゾーンと国定公園の保存ゾーンに分かれます。中央の窪んだ所が吹上峠です。そちらに向かって進みます。
国道に平尾台入口の案内があります。そこを左折して県道28号直方・行橋線を進みます。山手に入ると吹上峠まではヘアピンカーブの連続で、一気に上って行きます。
吹上峠の一歩手前のヘアピンカーブの部分に駐車スペースがあります。そこから、今来た小倉南区の平地を望んでいます。
左側の山の麓に国道322号線が通っています。中央部分に見えるのは、北西方向にある井手浦浄水場です。そこから右上の山の向こうに小倉北区の市街地が見えます。
井手浦浄水場については、「北九州点描」の「井手浦」をご覧ください。
上りつめた所が吹上峠で、右手にトイレがある吹上峠駐車場があります。その先を行くとすぐに平尾台自然の郷の案内がありますので、右折して進みます。平尾台自然の郷は2003年4月オープンしました。
ゲートを入りますと正面にあずまやのある北展望台がありますので、そちらに向かいます。
   
北展望台からゲート方向の眺めです。レストラン・ショップの他、そば打ち、陶芸、アートフラワー、木彫等の体験工房があります。自然の郷の北側はヴィレッジゾーンといいます。
1993(平成5)年北九州市は、自然と人と産業の共生をもとに平尾台整備構想を策定しました。平尾台を産業ゾーンと保存ゾーンに分け、その間にバッファゾーンを設けました。そこに建設されたのが平尾台自然の郷です。
平尾台からは縄文土器や遺物は発見されていますが、水源に乏しいため農耕が難しく、近世に到るまで集落が形成されることはありませんでした。1912(明治45)年陸軍の演習場となり、一般の人が立ち入ることはありませんでした。戦後、開拓農民や地元住民に払い下げられました。1950(昭和25)年福岡県は筑豊県立公園(現在の筑豊県立自然公園)に指定し、その後セメント会社から鉱区が出願され、石灰石の採掘が行われるようになりました。この後、自然保護と資源開発がぶつかることとなりました。昭和40年代に入ると、平尾台の北東部を自然保護区域、南西部を産業開発区域にすることで係争に決着が付けられました。
1947(昭和22)年三笠宮殿下が平尾台を訪れたことにより、登山道が整備され、観光地として注目されるようになりました。1952(昭和27)年平尾台は天然記念物に指定されました。1967(昭和42)年に遊園地のマルワランドが開園されました。(現在は閉園されています)1972(昭和47)年北九州国定公園に指定されました。
これから4つは、平尾台自然の郷の北展望台から保存ゾーンの眺めで、北側から見ていきます。
左端は吹上峠で、右側白いピナクルの上に木立のある山頂が586.5mの大平山(おおへらやま)です。
台地に降った雨は、空気中の二酸化炭素を含んでいて、少し酸性です。その雨水は石灰岩の表面を溶かしていきます。石灰岩の表面を少しずつ溶かしていき溝をつくりますが、その溝をカレンといいます。大きな溝状のカレンの間の柱状の石灰岩をピナクルといいます。カレンはピナクルの表面にもありますし、ピナクルの間のカレンは土で埋もれています。
左の大平山から見ていきます。白いピナクルがたくさん見える所が羊群原(ようぐんばる)です。大平山山頂の右に711.6mの貫山(ぬきさん)山頂部だけが見えます。ここから見える山の中で、一番遠くにあります。その右の緑の部分が618.7mの四方台(しほうだい)です。その右端の下にピナクルで覆われた549.0mの岩山があります。その右の窪んだ部分は中峠です。
左端が岩山で、その右に中峠があります。岩山と中峠の間の下付近が茶ヶ床園地(ちゃがとこえんち)です。後程行きます。中峠の右側の手前に558.0mの権現山、その後ろに606.5mの周防台(すおうだい)が重なって見えます。それから右側に来た高所が568.7mの桶ヶ辻で、その下にピナクルで覆われた472.4mの貝殻山(かいがらやま)が見えます。
左に貝殻山があり、右手に行くと行橋市の平地がかすかに見えます。その左手の高台が三笠台です。最後に行ってそこから展望します。手前の駐車場がある左手の建物は平尾台自然観察センターで、後程訪ねます。
平尾台自然の郷のレストランの横に停められている、汽車型の連結バス「きたぽっぽ」です。4〜11月の土日曜・祝日に運行されます。  
   
レストランの背後にドリーネデッキがあります。空気中の二酸化炭素を含んだ少し酸性の台地に降った雨は、石灰岩を溶かしていきます。石灰岩が侵食されてすり鉢状の窪地になったのがドリーネです。ドリーネデッキは身近にドリーネを見ることができます。
   
自然の郷の南側は、芝生広場になっている広場ゾーンです。野外ステージや子供達の遊具などがあります。
芝生広場の南側に、平尾台の自然を生かした高原果樹園があります。ブルーベリーやラズベリーが栽培されています。  
   
自然の郷の南端には、草そり場やキャンプ場があります。
   
平尾台自然の郷を出て、県道28号直方・行橋線に戻り、先に進みますと、右手に平尾台自然観察センターがあります。ここで平尾台の生成の過程や、生息する動植物の学習をすることができます。  
   
県道28号直方・行橋線から東方向、自然観察センターの前の細い道に入って行きます。牡鹿洞(おじかどう)の表示が右側にありますが、帰りに寄ります。先に行くと三叉路になっていて、数台駐車できます。ここは見晴台といい眺望が良い所です。
ピナクルで覆われた小山は472.4mの貝殻山です。山は左から権現山、一番高い周防台、貝殻山の背後の高い所が568.7mの桶ヶ辻です。この道を通り、貝殻山の手前を通って坂道を下って行きますと、千仏鍾乳洞の駐車場に着きます。
駐車場から千仏鍾乳洞まではかなり急な坂道です。道は整備されていますが、行きはよいよい帰りは怖い坂道です。
   
千仏鍾乳洞は、行橋の大石高平翁が1926(大正15)年開発しました。その顕彰碑が鍾乳洞の手前に建てられています。
1935(昭和10)年、千仏鍾乳洞は天然記念物に指定されました。平尾台で一番有名な鍾乳洞です。
 
   
千仏鍾乳洞の入口には大小の鍾乳石が垂れ下がっています。
空気中の二酸化炭素を含んだ少し酸性の台地に降った雨は、土の中を通ると更に二酸化炭素を含みます。石灰岩の割目を通る時に、石灰岩をわずかに溶かします。地下水が大量に通る所は割目が洞窟になります。
洞窟が形成された後、洞窟の天井からのしみ出した水がぶら下がります。表面から二酸化炭素が空気中に逃げ出し、石灰分の方解石が管状に沈積し、ストローの様に下に伸びていきます。これが管状鍾乳石で、その表面も水が流れるようになると、外側にも方解石が沈積し、つらら石になります。これが千仏鍾乳洞の入口に見られる鍾乳石です。
   
洞窟の中の川の流れによって洞窟の壁が深くえぐられています。  
   
千仏鍾乳洞の洞内は、割と平坦です。入口から900m程照明があります。そこまでの往復は35〜40分程度です。
   
千仏鍾乳洞には、入口でゴム草履に履き替えて入ります。
入口から480mの所から水路を歩くようになります。洞内の気温は16度、水温は14度なので、夏でも寒くなります。
 
   
見晴台まで戻り、右折して茶ヶ床(ちゃがとこ)園地を目指します。正面に大平山が見えます。
茶ヶ床園地に向かう道の右手をかがり火盆地と呼びます。色々なドリーネが集まって盆地状になっています。左上に貝殻山が見え、その下から右に伸びている道が、先程行った千仏鍾乳洞への道です。
茶ヶ床園地の所は十字路になっています。茶ヶ床園地は左手にあります。右手に行くと目白洞があります。直進すると中峠に到ります。車での移動はここまでになります。
1947(昭和22)年三笠宮殿下がここでお茶をお飲みになったということで、茶ヶ床園地の名が付けられました。
   
茶ヶ床園地から南西の来た道の方向を見ています。左の山は680.6mの竜ヶ鼻で、右の遠くの山は901mの福智山です。
茶ヶ床園地とその駐車場の間の道の先に586.5mの大平山(おおへらやま)があり、山頂下に広がる羊群原がよく見えます。
茶ヶ床園地から北西の方向です。次にそこから東側を見ていきます。
茶ヶ床園地から北東の方向です。左にピナクルに覆われた549.0mの岩山があります。その背後は横に広い四方台(しほうだい)です。その右横の窪んだ所が中峠です。
中峠の先には、広谷湿原、鬼の唐手岩、清龍窟、大穴、小穴、貫山などがありますが、それらは「北九州の景色」の「平尾台と貫山」をご覧ください。
茶ヶ床園地から東の方向です。手前の山が558.0mの権現山、その後が606.5mの周防台(すおうだい)です。
茶ヶ床園地とその駐車場の間の道を、大平山に向かって進みます。
茶ヶ床園地の先の左手に深窪と呼ばれるドリーネがあります。樹木が茂った所です。
 
   
その先を進むと、右手に上穴と呼ばれるドリーネがあります。
   
上穴の反対の左手に、下穴と呼ばれるドリーネがあります。  
   
大平山の下までやって来ました。手前の様なピナクルを遠くから見ると、山頂下は、羊が群れている様に見えるので羊群原(ようぐんばる)と呼ばれています。
秋吉台は非結晶質石灰岩ですので、地表の石灰岩の頂上は尖っていますが、平尾台は結晶質石灰岩ですので、表面が丸っこくなっています。そのため、遠くから見ると白い羊に見えます。
茶ヶ床園地とその駐車場の間の道を反対側に行くと、目白洞があります。ドリーネの底に、洞窟の入口があります。
目白洞は、1968(昭和43)年学習院大学探検隊によって発見されました。洞名は大学所在地名によって命名されました。
   
入口を入ったすぐの所です。一旦降りますが、すぐ昇って水平に進みます。  
   
洞窟の天井から床に落ちてきた水も方解石が沈積し、床から上に成長します。これが石筍です。天井からのつらら石と床からの石筍がつながったものを石柱といい、先方に見えます。
手前は膜状鍾乳石といい、洞窟の壁面から湧出した水が壁面に方解石を沈積させています。
   
目白洞は一枚天井が美しい鍾乳洞です。
洞窟は総延長は1.5kmあるといわれていますが、見学できるのはこの付近までの200mです。
 
   
自然観察センターの前で、県道28号直方・行橋線から入って来てすぐに牡鹿洞(おじかどう)の案内がありました。そこまで戻ります。目白洞の時よりもっと深くドリーネの底に降りて行きます。
牡鹿洞は1962(昭和37)年、日本ケービング協会によって発見されました。入口は、日本でも珍しい30mの垂直洞です。
   
入口を降りて来た所です。真上に入口が見えます。洞窟は右手に進みますが、背後の一段高い所からカワウソや猿類の化石が発見されています。  
   
洞内を72m進みますと、左右に分かれる所に出ます。そこでナウマンゾウ象の臼歯の化石が発見されました。
そこから左に60mこの様に降りて行きます。
   
分れ道の所まで戻ります。反対の道を72m昇って行きます。  
   
牡鹿洞に入って来た道の反対側に出て行っても、県道28号直方・行橋線に出られます。県道から牡鹿洞の方向を見ています。左端が牡鹿洞の受付の建物で、牡鹿洞の入口は右に降りて行った林の中にあります。その先にもドリーネが続いています。ここを川ドリーネと呼びます。
   
県道28号直方・行橋線を南に行きます。道路の左側に巨大な千貫岩があります。平尾台で最大級のピナクルです。  
   
千貫岩の先に千貫岩駐車場があります。そこの北側の高台が433.3mの三笠台です。三笠宮殿下が平尾台にお越しになったことを記念して付けられました。
   
三笠台から北方向に大平山、貫山、四方台、中峠を眺めることができます。
三笠台から北東方向に中峠、権現山、周防台、桶ヶ辻を眺めることができます。
三笠台から東方向の眺めです。平尾台の先には行橋市の市街地が望めます。海は周防灘で、海沿いの連山の左端は行橋市簑島です。
三笠台から南方向の眺めです。一番先の山の右側の高い所は1200mの英彦山の峰々です。その向こうは大分県です。

 

You Tube でこのページの動画がご覧になれます
この先をクリックしてください → 平尾台


トップへ

北九州のみどころへ

ホームへ