北九州のみどころ

ホーム


瀬板の森公園    八幡西区瀬板・陣原  [2013/07/20]
 

 
瀬板の森公園は、三菱化学の瀬板貯水池周辺の自然を生かして、北九州市が公園として整備し、1997(平成9)年に完成しました。瀬板貯水池を中に、西側が瀬板の森公園で、東側はパブリックコースの瀬板の森北九州ゴルフコースになっています。

江戸時代、陣原と瀬板は穴生村の枝村でした。瀬板は陣原の南に位置しました。陣原の東には陸地はなく、皇后崎(こうがさき)から穴生にかけては、長崎川(現在の金山川)と割子川からの土砂の流出で干潟になっていました。1696〜98(元禄9〜11)年福岡藩は穴生潟の開作を行いました。その新地は陣原村に属しました。しかし、その後瀬板村の記載は消えましたので、瀬板は陣原村に含まれたと思われます。1989(明治22)年村の合併があり、穴生村は上津役村の大字となり、陣原村は洞南村の大字になり、瀬板は陣原の小字になっています。

1896(明治29)年戸畑村牧山(現在戸畑区牧山)に筑豊骸炭製造が設立されました。骸炭はコークスのことです。しかし、1898(明治31)年には三菱合資が筑豊骸炭製造を買収します。三菱財閥は明治の政商岩崎弥太郎(1835-85)が基礎を築きます。弥太郎の死後、弟の弥之助(1851-1908)が総帥となり、1886(明治19)年三菱社を創立します。この後三菱は筑豊に進出し、炭鉱経営を本格的に行います。1893(明治26)年総帥に弥太郎の長男の久弥(1865-1955)が就き、三菱社は三菱合資会社に改組されます。1916(大正5)年四代目を弥之助の長男小弥太(1879-1945)が継ぎました。終戦後、財閥は解体されました。

買収された筑豊骸炭製造は牧山骸炭製造所となり、1913(大正2)年副産物回収型のソルベー式コークス炉及びタール蒸溜設備が操業開始しました。翌年隣接地に建設された旭硝子牧山工場にコークス炉ガスの供給を始めました。旭硝子は1907(明治40)年岩崎弥之助の二男俊弥が創立しました。牧山工場ではラバース式機械吹上法で板ガラスを製造し、1916(大正5)年にはアンモニア法ソーダ工場を建設して、翌年より板ガラスの原料のソーダ灰の自給を開始しました。

1920(大正9)年三菱合資は黒崎の洞海湾の干拓地を取得しました。それは江戸時代元文3(1738)年に完成した現在の黒崎駅前から北側にかけての城石開作、その西で、宝暦12(1762)年に完成した貞元開作、城石開作の北で明治14(1881)年に完成した五反開作で、それらの海側の6割強に当たりました。1890(明治23)年に設立された若松築港は、若松港の水深が十分でなく、港口が泥砂で塞がれているため、防波堤を築造し、航路を浚渫し、海の浅い場所を埋立てました。大正に入ると、若松築港は、大工場誘致を目的にした前田から本城に到る埋立の工事を申請し、若松周辺から洞海湾一円の築港工事を行うようになりました。しかし、その工事は大幅に遅れました。三菱合資が取得した土地の海側も含まれていて、1935〜38(昭和10〜13)年にその地で操業した日本タール工業・日本化成工業に譲渡されました。

1934(昭和9)年旭硝子と三菱鉱業の出資により日本タール工業が設立され、牧山骸炭製造所の経営を引き継ぎました。翌年黒崎工場の建設が着工されました。1936(昭和11)年には社名は日本化成工業と改称され、牧山工場は旭硝子に譲渡されました。黒崎工場に最新鋭のコークス炉が完成した1938(昭和13)年には、染料、肥料の工場群が広大な敷地に建ち並び、総合化学工場としての姿を整えていました。黒崎は、資源としての石炭、港湾、鉄道などの立地条件が優れていました。その中で一番の問題は用水でした。

堀川と金山川の用水権を取得しましたが、夏季は灌漑用が優先するため取水できず、貯水池が必要になりました。1936(昭和11)年瀬板、鴨ヶ谷、高尾の灌漑用溜池を利用することとし、池とその周辺部の土地を取得しました。陣原村の瀬板堤は穴生潟開作用であったと伝えられています。また貞元開作にも使われたといわれています。瀬板貯水池は、自然の地形を利用して、1937(昭和12)年に堤防建設が着工され、翌年100万m3貯水が可能になりました。1940(昭和15)年には工業生産の増大により、約260万m3に貯水量が拡大されました。

瀬板貯水池の堰堤は北側に4か所あり、東から堤高23.5m・堤長218mの瀬板、堤高18m・堤長50mの中谷、堤高21m・堤長186mの鴨ヶ谷、堤高17m・堤長76mの面風です。周囲約10kmで自然林に囲まれています。貯水池には、中間市土手ノ内で堀川・笹尾川の水が取水され、導水管で送水されています。また近くを流れる金山川の水も則松で取水され、貯水されています。

1944(昭和19)年日本化成工業は旭硝子と合併し、三菱化成工業と改称されました。戦後の1950(昭和25)年、日本化成工業、旭硝子、新光レイヨン(後、三菱レイヨン)に分割されました。1952(昭和27)年には日本化成工業は三菱化成工業と改称しました。そして、1994(平成6)年三菱化成工業は三菱油化と合併し、三菱化学になりました。
瀬板の森公園南口は、都市計画道路穴生・水巻線に面しています。都市計画道路に北筑高校交差点があり、その東側に瀬板の森公園南口の交差点があります。
   
瀬板の森公園南口から入り、坂を左にカーブして上りますと、左手に駐車場があります。右手に公園内のメインルートのアスファルト舗装された主園路の始点になります。主園路はサイクリングロードにもなっています。手前の右手にはトイレがあり、その先に貸自転車の駐輪場もあります。  
   
主園路入口の一段低い右手に、南側散策路の入口があります。舗装されていない、貯水池近くの林の中の細い道を歩いて行きます。
   
散策路脇にシダが群生しています。公園全体にシダは見かけられますが、南側散策路では特に繁茂しています。  
   
貯水池の入江の個所で、上の主園路から下の散策路を挟んで水辺近くまでの斜面に、アジサイが植えられています。あまり陽の射さない所ですので、7月まで見ることができるようです。
   
入江に木の橋(橋の名前です)が架かっています。これは紅葉の時期の木の橋です。橋の手前を左手の入江の奥に入って行きます。  
   
入江の先の斜面がもみじ谷と呼ばれます。
   
もみじ谷を登ると、主園路に出ます。主園路横の岩にもみじ谷と刻まれ、その入口になっています。  
   
木の橋に戻り、橋を渡って散策路を進みます。
   
木の橋の上から貯水池の眺めです。周囲の低い丘陵地を利用して瀬板貯水池は造られています。  
   
散策路の両側にシダが群生しています。南側散策路の終点になり、主園路に出ます。右折して主園路を進みます。
   
主園路は林の中を左に、右に、そして左に蛇行します。林の中にベンチが置かれています。主園路はほとんど高低差はありません。蛇行した先に南口から1000mの標識があります。主園路は南口から北口まで2200mです。ベンチと距離の標識は、主園路沿いの所々に置かれています。  
   
花の丘の案内標識があり、その先に左手に上って行く坂道があります。上って行くと花の丘になります。ここは眺めの良い所です。
   
貯水池の対岸がゴルフ場で、その先に標高622mの皿倉山と右は618mの権現山が見えます。
花の丘の前にウッドデッキがあります。水辺のテラスと呼ばれ、貯水池の展望台になっています。  
   
水辺のテラスからの眺めです。対岸のゴルフ場の入江に吊り橋が架かっています。
   
水の丘の案内標識があり、その先に左手に上って行く坂道があります。上って行くと水の丘の中央休憩所の横に出ます。中央休憩所の2階の休憩所からの水の丘の眺めです。  
   
2階建ての円形の中央休憩所は1階がトイレで、2階が休憩所になっています。
   
水の丘の中央休憩所の前に、水路が設けられています。噴出口から水が水路に流れ出します。斜面に設けられた水路を水が流れます。  
   
水路の横にあずまやがあります。入江を挟んだ先にこどもの丘が見えます。あずまやの先を下りて行くと、入江の間を浮橋が架かっていますが、主園路を通ってこどもの丘に行き、浮橋を渡ります。
   
こどもの丘の案内標識があり、真っ直ぐ上って行く坂道があります。主園路は左にカーブします。坂道を上って行くと、左手に遊具が見えます。こどもの丘には斜面に遊具が並んでいます。  
   
こどもの丘を下りて行くと、対岸の水の丘の間の入江に浮橋が架かっています。水面の上下で橋も上下します。
浮橋の上から南側の眺望です。瀬板貯水池は南北に長い形状をしています。
浮橋の上から北側の眺望です。瀬板貯水池の北側は東西に長い形状になっていて、東側に長くなっています。
こどもの丘を戻って行くと、右手に主園路に下りて行く道があります。右折して、主園路を北に進みます。左手は谷になっていて、樹木が茂っています。
右手の木立の向こうに堰堤が見えます。一番西の堰堤です。瀬板貯水池の北側に4か所堰堤が築かれています。
   
堰堤側の主園路を進むと上り坂になり、北口ゲートがあります。ゲートの上を導水管が通っています。ゲートをくぐり左手に下りて行くと、駐車場があります。瀬板の森公園北口には国道3号線瀬板の森公園北口交差点を南に入って来ます。  
   
瀬板の森公園の北口ゲートを出て、貸自転車の駐輪場の左側裏から右手に入って行く道があります。北側散策路の入口です。北側散策路は瀬板貯水池の北側を、貯水池沿いに東西につくられています。南側散策路は高低差が少ないのに対し、北側散策路は堰堤下から貯水池が望める高さまで、2・30mの高低を2・3度上ったり下ったりします。南側散策路は主園路沿いにありましたが、瀬板の森公園北口の東側には主園路はありません。
   
北側散策路に入ると、一旦下って行きます。瀬板の森公園北口駐車場奥から散策路に入って来れます。この先上りになり、その先は下って行きます。  
   
下って行くと、右手に堰堤があります。堰堤下まで下りて来ました。この堰堤は4つのうち2番目に長い堰堤です。散策路は堰堤下から上りになります。丸太の階段と斜面を昇る散策路があり、堰堤の上まで上ります。
   
堰堤の下から上まで林の中を進みます。木立の中から先程の堰堤の東側が見えます。  
   
貯水池の上をしばらく歩きます。遠くに浮橋が見え、その先に水の丘の中央休憩所が見えます。
しばらく行くと、左手が開け、ベンチが並んでいます。
   
一旦下りて行きます。下りて行った所にウッドデッキの階段があり、その先の斜面を上って行くと、右手下に4つの堰堤の中で一番短い堰堤が林の中に見えます。  
   
貯水池の上を進みます。木立の向こうに貯水池の水面が見えます。道標があり、瀬板中公園の案内があります。背板中公園は瀬板の森公園の東側の入口になります。
   
休憩所の案内がありますから左側に入って行きますと、あずまやがある休憩所があります。  
   
丸太の階段を下りて行きます。
   
下りて行った先が瀬板中公園で、公園の北東端が瀬板の森公園の東側の入口です。  
   
瀬板中公園の西側に、瀬板貯水池で一番長い堰堤があります。正面の木立の上に堰堤の一部が見えます。右手の森の中を下りて来ました。


You Tube でこのページの動画がご覧になれます
この先をクリックしてください → 瀬板の森公園


トップへ

北九州のみどころへ

ホームへ