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中央公園  戸畑区・八幡東区・小倉北区  [2013/04/13]
 

 
中央公園は、金比羅山・金比羅池を中心にした、北九州市戸畑区・八幡東区・小倉北区に広がる中央緑地と呼ばれる丘陵地が整備され、公園になっています。中央公園は、1967(昭和42)年、明治100年記念公園として整備されました。丘陵地や池の周辺の遊歩道や展望台・芝生広場が整備され、施設が建設されています。その他、公園内には野球場・交通公園などがあります。北九州地域ではただ一つの福岡県営の都市公園です。

標高125mの金比羅山山頂に、江戸時代の1738(元文3)年、、この地の久保氏が四国讃岐の金刀比羅大神を招請した金刀比羅神社があり、金比羅山の名が付けられています。麓の金比羅池は、1918(大正7)年に灌漑用に造られたものです。戸畑区中原から金比羅山を通り、八幡東区の三条そして田代に到る線が江戸時代の筑前国と豊前国の国境でした。金比羅池から発し、中原で響灘に注ぐ境川は、国境を流れることからその名が付けられました。

1963(昭和38)年門司・小倉・戸畑・八幡・若松の五市が合併して北九州市が誕生しました。前年旧五市の合併議決により、小倉・戸畑・八幡市境界の中央緑地に本庁舎を置くことが決められ、1964(昭和39)年8月開設を目途に、それまで戸畑市役所に仮庁舎が置かれました。しかし、中央緑地は交通に不便であり、都市の中央に残されている緑地は貴重で、市民の憩いの場、レクレーションの場として活用すべきであるとの意見が強くなりました。1972(昭和47)年小倉区の勝山公園に新市庁舎が開設されました。1974(昭和49)年に小倉区が南北に、八幡市が東西に分割され、北九州市は旧五市の5区から7区になりました。

国道3号線は中央緑地の南側を通る旧電車通りでした。その電車も1992(平成4)年、西鉄電車北九州本線のうち砂津・黒崎駅前間が廃止されました。昭和40年代に、中央緑地を迂回してその北側を通り、小倉北区到津と八幡東区中央を結ぶ国道3号線戸畑バイパスが開通しました。その間の旧電車通りは県道になりました。1973(昭和48)年中央公園の一角に北九州市の総合体育館が建設されました。平成に入っても公園の整備は進められ、金比羅池の東側を通る道路に橋が架けられ、池周辺と東側の丘陵地の利用が一体化されました。

戸畑バイパスを挟んだ北側の野球場の中央グランド、南側の交通公園も中央公園の施設ですが、ここでは主に緑地の部分を、桜が咲いた時期に訪ねてみました。
中央公園のイベントのの案内や施設の利用等に関しましては、福岡県営中央公園の公式サイトをご覧ください。公式サイトは以下の通りです。
   http://www.chuoukouen.com/  
北九州市立総合体育館は、小倉北・戸畑・八幡東区の接点の南の八幡東区にあります。十二角の大屋根の体育館は、建設当時は西日本一と呼ばれました。総合体育館の西隣に駐車場があります。中央公園内で最大の駐車場です。駐車場から総合体育館前の交流広場に出ることができます。
   
交流広場から金比羅池に向かって、階段状の水の流れがつくられています。  
   
金比羅池の南にある総合体育館の前の一段下、池より高い所に交流広場はあります。交流広場から北側の眺めです。この周辺は2002(平成14)年に整備されました。金比羅池のすぐ側を一周する遊歩道がありますし、一段高い交流広場から遊歩道を一周することもできます。
交流広場を東に行くと、金比羅池の東側を南北に通る道路に橋が架かっています。ふれあい橋ですが、交流広場と一体になり、東側の丘陵地の花の丘との連絡路になっています。
ふれあい橋から金比羅山を眺めています。
紅葉の時の金比羅山です
ふれあい橋の先は、池の東側にある丘陵地です。階段を昇って行くと、花の丘の頂上に到ります。花の丘へは、もう少し北に行った所からも昇れますので、階段の手前を左折して遊歩道を北に進みます。
   
途中、木立で左の金比羅池側の視界は開けていませんでしたが、ここまで来ると、よく見えてきました。階段を昇り、途中の展望台で眺めてみます。  
   
花の丘の展望台からの西側の金比羅山の眺めです
展望台の先は、2011(平成23)年木製ボードの階段が新設され、花の丘の頂上に昇って行けます。
   
花の丘の頂上です。手前にはトイレのある建物があります。  
   
花の丘の頂上から西側の金比羅山の眺めです。山頂に金刀比羅神社の社殿が見えます。花の丘の頂上から北に降りて行くと、到津の森公園の北ゲート前の駐車場横の花の丘広場に到ります。
   
花の丘の頂上南側に、ふれあい橋に降りて行く階段があり、そこから南西方向に八幡東区の標高622mの皿倉山が望めます。その下の白い建物は、八幡東区高見の北九州視覚特別支援学校です。  
   
展望台の下の遊歩道まで戻り、金比羅池の北側を眺めています。ふれあい橋と同じようにこちらも道路に橋が架かっています。ゲート橋です。この先を行けば橋を渡ることができます。橋の西側下には管理棟などの建物があります。
枝垂れ桜の花が咲いています。このまま先に進みますが、左に降りて行き、道路に出て右、北側に進みますと、ゲート橋の先の右手に到津の森公園の北ゲートへの入口があり、その先を更に北に行くと交通公園の入口になります。野球場は、更に北の国道3号線戸畑バイパスの北側にあります。
到津の森公園については、「北九州のみどころ」の「到津の森公園」をご覧ください。
   
ゲート橋に着きました。橋の上はプロムナードになっています。橋と先の西側下の建物が一体化しています。  
   
プロムナードから南側の眺めです。池には噴水があがり、その先に総合体育館が見えます。
   
総合体育館の前の交流広場から左手に行き、ふれあい橋を渡って、花の丘を経由してこちらにやって来ました。
プロムナードから池側に階段を降りて行きます。建物の西側には滝が造られています。  
   
滝の先の池の中に、石碑が立っています。筑前と豊前との国境石です。「従是西筑前国」(これより西筑前国)と、横には1817(文化14)年に再建したと刻まれています。福岡藩が建てたもので、銘文は祐筆(ゆうひつ、文書に携わって仕える者)の二川相近(ふたがわすけちか)によるものといわれています。
八幡東区高見や境川の河口に国境石があり、これらを結ぶ線が福岡藩と小倉藩の国境でした。それぞれの国境石は、「八幡のまちかど」の「高見」と「北九州点描」の「中原」をご覧ください。
   
池の側から一段上に昇って行きます。小さな池が見えます。子供が近寄っても、心配ない深さの池です。おたまじゃくや水生動物を見ることができます。  
   
小さな池からプロムナードに戻ります。プロムナードの西端の先に木製の階段が道路の上に架けられています。下の道路を左に行くと金比羅山の登山道に着きます。木製の階段を昇りますと、更に階段が続きます。
   
階段を昇り丘陵地の頂上に着くと、そこは芝生広場になっています。芝生広場の先の西側に展望台があります。
展望台は階下がトイレになっています。  
   
展望台の下は遊具のある公園になっています。
   
展望台から西側の眺望です。戸畑区は7区のうちで一番狭く、山の上まで家が建てられています。右手の山は洞海湾を隔てた若松区の標高302mの石峰山です。
展望台から北西側の眺望です。戸畑区の中心街で、赤い橋は洞海湾に架かっている若戸大橋です。若戸大橋は1962(昭和37)年に開通しました。その左の山は若松区の山です。
展望台の左横から下に降りて行きます。遊具のある公園の先の道路を横断すると、金比羅キャンプ場があります。
遊具のある公園と金比羅キャンプ場の間の道路を南に進むと、駐車の場があります。中央公園で二番目に広い駐車場です。その先に金比羅山が見えます。
 
   
駐車場の先に金比羅山の登山口があります。右の道です。左の車両が通行できる道は、先程の駐車場の横を通り、坂を下って行くと、芝生公園に行く際に昇った、木製の階段が架かった道路です。登山口の先に、もう一つ右に入って行く道があります。登山後、総合体育館横の駐車場に戻る際に、その道から戻ります。
   
金比羅山の登山道はアスファルト舗装され、右回りの螺旋状で頂上に向かいます。途中に休憩所があり、その手前にはトイレがあります。この周囲は桜を眺めることができますが、途中の道路脇の桜は、それ程のことはありません。周囲に樹木が生い茂っていますので、それに勝つために高い所にしか花が咲きません。麓から眺めると、山腹に模様の様に見えますが、近くでは余りよく見えません。山の桜は遠くから見るのが良いようです。  
   
休憩所の先の道路脇にベンチが設けられています。そこから東側の眺めです。一番高い山は、小倉北区と小倉南区の境界にある標高597.8mの足立山です。足立山の下の山上の白い建物は、先程訪れた花の丘頂上のトイレがある建物です。
   
金比羅山山頂下の道路からの金刀比羅神社の鳥居と社殿です。現在はこの山一帯は北九州市に譲渡されています。  
   
社殿の横から北東側の眺望です。右側のカラフルな建物は小倉北区のリバーウォーク北九州です。その右が小倉駅付近です。中央の高い山は門司区の標高517.8mの戸ノ上山です。その手前は関門海峡です。左側の山は下関市の彦島です。
登山道の入口に戻り、坂を下りて行くと、登山口の一段下に同じく右に入る道があります。右折して進むと、総合体育館横の駐車場の手前に出て来ますので、駐車場に戻ります。
   
総合体育館横の駐車場の南側から道路の下に歩道があり、そこを進むと、道路を挟んだ南側に福祉公園があります。障害者のための芝生広場や障害児用の遊具があります。駐車場も車椅子仕様車用になっています。
福祉公園から総合体育館の南側の道路を総合体育館の方に向かいます。先方に総合体育館の南側に架かっている木製の歩道橋が見えます。最初の右に入る道を登って行きます。左側が開け、右はコンクリートの壁になっています。そこに右に入って行く階段があります。  
   
階段を昇って行くと、広場になっていて南側に展望台があります。南側は高見中学校です。東側からこの広場に入って来ました。西側にも入って来る道があります。
   
福祉公園の横の道を南に行くと北九州視覚特別支援学校に到りますが、その途中左手に入って行く道があり、そこを上って行くと、ここに到ります。こちらの西側の道はすぐ下まで車で来ることができ、駐車もできます。
昇って来た東側の階段を降りて、先に進むと突き当りになり、左に降りて行くと谷間で十字路になります。右に行くと総合体育館の方に戻ります。
 
   
十字路を直進し、階段を昇って行くとこの広場に出ます。北側は左手に金比羅山があり、右手に総合体育館の大屋根が見えます。ここは古墳広場と呼ばれています。「北九州市史」に、広場がある丘陵地の南側の斜面に8基以上古墳が存在したと書かれています。これらは八王寺(子)古墳群と呼ばれています。この南側には板櫃川が西から東に流れています。

ここの町名は八王寺町ですが、寺院があったわけではありません。神話の中で、須佐之男命が姉の天照大神を高天原に訪れます。その時の須佐之男命の勢いが激しいため、天照大神は須佐之男命が攻めて来たのではないかと思います。須佐之男命は疑いを解くため誓約します。その証の中で五男神と三女神が誕生します。この神々が八王子です。この地は宇佐宮領到津荘内でしたが、戦国時代の荘園関連文書にこの地名は出てきます。

「北九州市史」によりますと、古墳広場の南側のすぐ下に2列程の住宅がありますが、1959(昭和34)年住宅建設の際古墳1基が発見されました。小倉高校によって調査されました。羨道・副室・玄室の複室構成の横穴石室で、玉類・鉄刀・鉄矛・須恵器・土師器の副葬品が発見されました。6世紀後半の古墳と位置付けられました。その住宅地のすぐ下の八王子教会内に古墳が現存しています。

古墳広場から北に降りて行きます。道はすぐ右、東側にカ−ブして児童広場に降りて行きます。
児童広場にはエントランスゾーンがあって、遊具のある児童広場・幼児広場と多目的グランドが併設されています。
中央公園の外ですが八王子教会内古墳を訪ねます。児童広場の北東角は、金比羅池の東側を通る南北の通りと総合体育館の南側を通る東西の通りが交差する中央緑地公園交差点です。その交差点を南側に坂を下りて行きますと、すぐ右手に八幡カトリック幼稚園があります。教会敷地内ですから幼稚園の職員室で古墳の見学の許可を得ましょう。

八王子教会内古墳は幼稚園と奥の教会の中間の斜面にあります。2基の横穴式石室を持つ、珍しい双室古墳です。終末期古墳で、7世紀中頃から後半のものと思われます。南側に開口して、すでに盗掘されていました。東西に並列して二つの石室は開口していますが、奥に行くほど逆八の字の様に離れていきます.。右の東石室は西石室よりも大きく造られています。


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