北九州点描

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荒生田・川淵町
  八幡東区  [2015/10/03]
 

 
740(天平12)年政治の乱れを指摘し、僧玄昉(げんぼう)と吉備真備(きびのまきび)を退けるように、大宰少弐の藤原広嗣は乱を起こします。荒生田(あろうだ)を流れる板櫃川(いたびつがわ)の下流の到津で、左岸に広嗣軍1万余人が、右岸に官軍6,000余人が布陣します。官軍は投降を呼びかけます。すると、広嗣軍から離反者が続出し、遂には広嗣軍は敗退します。広嗣は逃げますが捕らえられ、斬罪に処せられました。この後、広嗣の怨霊の話が広がったため、荒武党明神が祀られました。荒生田の産土神は荒生田神社です。その前身の一つは荒武党明神社でした。荒武党が荒生田になったといわれています。

板櫃川の中流域のこの辺りは、江戸時代は豊前国、小倉藩の荒生田村でした。1812(文化9)年正月27日、伊能忠敬一行は小倉城下から長崎街道を測量して西に行き、小倉藩から福岡藩に入り、黒崎宿に泊まります。この時に荒生田村を通ります。旧長崎街道は小倉北区から八幡東区に入ると、かっての九州鉄道が通っていた通りを西に進み、八幡茶屋郵便局の西で一本北の通りを進みます。荒生田1丁目東公園の北側の坂道を、かっての電車通りに下りて西に進みます。ここまでは街道筋の道路があります。

江戸時代から1887(明治20)年まで企救郡荒生田村でした。1887(明治20)年隣の高槻村と合併して、両村の一字を採り槻田村になりました。1889(明治22)年、板櫃・槻田・中井・藍島・馬島村が合併して、板櫃村になりました。遠賀郡八幡村に官営製鐵所の立地が決まり、1901(明治34)年2月東田第一高炉に火入れが行われ、同年11月18日には作業開始式が盛大に行われました。しかし、高炉の状況は不調で、翌年高炉は休止に到りました。高炉の改造とコークス製造法の改良で1904(明治37)年から本格操業になりました。

1906(明治39)年農商務省は企救郡板櫃村大字槻田の一部の農地を製鐵所官舎用地として買い上げました。この土地が荒生田の板櫃川の北側になります。隣接の遠賀郡八幡町(明治33年より村から町になりました)大字大蔵の製鐵所用地と合わせて整地しました。この官舎用地は、西から一条~七条に区分されました。現在の町名の高見になります。旧長崎街道は、かっての電車通りを西に進み、五条橋付近を渡河し、板櫃川の北側を西に進みます。高見は開発された土地のため、街道筋の通りは残されていませんが、四条橋近くに荒生田一里塚跡、三条の住宅地内に三条の国境石の遺跡が残されています。

1891(明治24)年4月、九州鉄道により黒崎ー門司間の鉄道が開業しました。この時の黒崎ー小倉間は、現在のJR鹿児島本線の海岸ルートと違い、内陸ルートでした。この間は駅はありませんでしたが、1898(明治31)年、大蔵駅が開設されました。1902(明治35)年、現在のJR鹿児島本線の海岸ルートが開業され、内陸ルートは1911(明治44)年廃線となり、大蔵駅もなくなりました。門司東本町-黒崎駅前間の電車は、九州電気軌道(九軌)によって1911(明治44)年開通します。

1922(大正11)年板櫃村は板櫃町になり、1925(大正14)年、大字槻田は八幡市に編入になり、残余の板櫃町は小倉市に編入になりました。1942(昭和17)年九州電気軌道は他社と合併し、西日本鉄道(西鉄)となりました。鉄道や電車が通り、沿線に人口が増え、新しい町が形成されました。昭和の初めから荒生田町と通称され、かって鉄道が通っていた東鉄町(ひがしてつまち)と電車通りの東通町(ひがしとおりちょう)をつなぐ通り沿いの町名でした。西鉄電車北九州線は、1992(平成4)年に廃止になりました。

1972(昭和47)年、住居表示が実施され、板櫃川の南側で、かっての電車通りの県道296号大蔵・到津線の四条橋交差点から荒生田3丁目交差点までの南側が荒生田で、七条橋から岩淵橋までの県道296号大蔵・到津線と北側の板櫃川までの間が川淵町です。
県道296号大蔵・到津線の三条橋交差点から東側を眺めています。かって西鉄電車北九州線が通る電車通りでした。当時は、左手に板櫃川が流れていて、そこと電車通りの間に人家がありましたが撤去され、県道は片側3車線に拡幅されています。その右手が現在の荒生田です。
三条橋から板櫃川の下流方向の眺めです。右の道路が県道296号大蔵・到津線です。左手の高見は、官営製鐵所の官舎用地として開かれた所で、1996(平成8)年から官民による住宅市街地総合整備事業が行われ、新しい住宅地に生まれ変わっています。同時に板櫃川も整備されています。板櫃川整備事業は、水辺の楽校(がっこう)プロジェクトとして、子供達が自由に遊び、環境に学ぶ空間として利用し、自然を大切にする心を育ませることを目的に行われました。先方の四条橋は、板櫃川整備事業により木製の歩行者専用橋になっています。
三条橋を渡り、左岸の道路の交差点を直進し、最初の角を右折して高見の住宅地の通りを東に進みますと右手に三条の国境石が建っています。「従是西筑前国(これよりにしちくぜんこく)」と刻まれています。福岡藩祐筆(ゆうひつ、文書・記録の執筆・作成に当たる職)二川相近(ふたがわすけちか)の筆で、1834(天保5)年に建てられたものです。小倉藩が建てた国境石もありましたが、八幡図書館の前に保存されています。
高見については、「八幡のまちかど」の「高見」をご覧ください。
   
三条の国境石の前の住宅地の通りを東に進み、次の角を右折すると板櫃川の左岸の道に出ます。先方に四条橋が見えます。その前に長崎街道荒生田一里塚跡の石碑が立っています。  
   
四条橋から板櫃川の下流を眺めています。先方の橋は五条橋です。江戸時代、長崎街道はこの橋付近で左岸から右岸に渡河しました。左岸の高見には、商業施設が建ち並んでいます。
五条橋の下流に、左岸の商業施設への歩行者専用橋の新五条橋が架かっています。新五条橋からの眺めです。左端は下流の六条橋です。右端が荒生田1丁目東公園の北側の坂道です。
   
荒生田1丁目東公園の北側の坂道です。左手は旧電車通りの県道296号大蔵・到津線です。旧街道筋はコンクリート造りの建物の前を通って直進します。右手の石垣の上が荒生田1丁目東公園です。この公園付近に小倉藩の番所があったといわれています。コンクリート造りの建物の手前を右折しますと道路と交差します。右手が公園になります。  
   
荒生田1丁目東公園の前からの眺めです。滑り台の向こうからこの通りに出てきました。この通りを九州鉄道が通っていました。通りの左側が荒生田で、右側が東鉄町です。旧線路沿いにできた町を、大蔵の西が鉄町、東側を東鉄町と呼びました。戦後、鉄町はなくなり、東鉄町もこの一帯だけになっています。
   
六条橋の下流からの眺めです。板櫃川は左にカーブします。下流は七条橋です。県道296号大蔵・到津線の次の交差点は七条橋交差点で、県道51号曽根・鞘ヶ谷線と交差します。七条橋交差点まで片側3車線に拡幅されていますが、その先は片側2車線になります。川と県道が離れる地点から、歩道が次の七条橋まで続きます。  
   
  七条橋からの眺めです。右岸は川淵町、左岸は高見です。左岸のマンションの横の歩道を、先の高見歩道橋まで行きます。
   
高見歩道橋からの眺めです。右手の木立が見えるのが荒生田神社です。先は高見橋です。板櫃川は八幡東区の河内貯水池より流れ出し、大蔵・高見を通ってここに到ります。この先小倉北区到津を通って日明で海に注ぎます。
上流については、「北九州のみどころ」の「河内貯水池」と「八幡のまちかど」の「大蔵」をご覧ください。下流については、「北九州 点描」の「到津」・「菜園場」・「板櫃川河口」をご覧ください。
 
   
  高見歩道橋を渡ると、八幡昭和町郵便局の横に出ます。そこを左折すると、荒生田神社の前に出ます。荒生田神社は、もとは七条橋付近にあった堰取水口の守護神として祀られていた水神社が、江戸時代元禄年間この地に社殿がつくられ、荒生田村の産土神となりました。明治時代、下流の八王子橋左岸の山にあった藤原広嗣の霊を祀った明神社と合併されて、荒生田神社と改称されました。現在の社殿は1936(昭和11)年に改築されたものです。
   
荒生田神社の前を東に進みます。車両は一方通行で、東方向に進むには県道に出て、昭和交番前交差点を左折して行くと先に第二岩淵橋が架かっています。岩淵は古くからの字(あざ)名で、一時は岩淵町と通称町名にも使われました。現在の川淵町に相当する地域になります。1927(昭和2)年板櫃川の上流に河内貯水池は完成しました。そして、1953(昭和28)年の北九州大水害以来河川の改修が進められました。  
   
  川に並行している通りに戻ります。東に一方通行の道を進み、2つ目の交差点を左折すると八王寺橋に着きます。八王寺橋を渡り、坂道を上って行くと、総合体育館前に出ます。左岸の山に藤原広嗣の霊を祀った明神社があったといわれます。
   
八王寺橋の下流の左岸は小倉北区になります。右岸は次の岩淵橋まで八幡東区川淵町です。下流の岩淵橋が見えます。左岸を通って岩淵橋に行きます。岩淵橋には、かっての電車通りの県道296号大蔵・到津線が通っています。岩淵橋の下流、板櫃川が左に曲がった先に、槻田川が板櫃川に合流します。その少し上流に九州鉄道茶屋町橋梁があります。
槻田川の沿岸については、「北九州点描」の「槻田川」をご覧ください。
 

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