北九州点描

ホーム


陣山・紅梅
  八幡西区  [2016/03/05]
 

 
八幡西区の東端が陣山で、その西隣が紅梅です。ともに、元来は藤田の小字でした。藤田の名は室町時代には出てきます。江戸時代初めの1604(慶長9)年、藤田には黒崎城が築かれ、隣村の熊手にかけて町が形成され、宿駅が移されました。1615(元和元)年、一国一城令により黒崎城は廃城となりますが、黒崎宿は整備され、発展しました。陣山は、平安時代の藤原純友の乱の際、追捕の源経基の軍が布陣した所といわれています。紅梅には、北九州の豪族麻生氏の側室になり、無念の自害を遂げた紅梅姫の伝説が残されています。

古代、大宰府に通じる重要な道路が紅梅の南を通っていました。大宰府官道は久爾(くに、福岡市博多区)-夷守(はなもり、福岡市東区)-席打(むしろうち、古賀市)-津日(つひ、宗像市)-島門(しまと、遠賀町)-夜久(やく、八幡西区上津役)-独見(ひとみ、八幡東区前田)-到津(いたむつ、小倉北区到津)-杜碕(もりさき、門司区田野浦)に駅家があり、杜碕で関門海峡を渡って山陽道に入りました。ここは夜久と独見の間になります。北九州市内に4駅ありますが、場所が特定された訳ではありません。独見についても、その場所は現在の前田とも尾倉ともいわれています。

939(天慶2)年、伊予国で藤原純友が乱を起こします。藤原純友の父は大宰少弐筑前守良範で、自身は伊予掾(じょう)でした。瀬戸内海は古くから、漁労・製塩に携わり、海上交通を担う海人の舞台でした。操船に巧みな彼らの中には水軍を組織し、海の豪族になる者がいました。藤原純友は、豊後水道の孤島、伊予国の日振島を拠点にして、千余艘の船を従えた水軍の首領になりました。その活動は東は摂津から西は大宰府に到るまでの広範囲に及んでいました。乱も3年目の941(天慶4)年、藤原純友は大宰府を襲い、政庁を焼き払います。小野好古を長に源経基らが、純友追捕に派遣されます。追捕使は海と陸から軍を進め、博多津で決戦となり純友は敗れます。伊予国に逃げ帰った純友は捕らえられ、斬られます。後に黒崎城が築かれる城山に立て籠もった藤原純友軍に対して、源経基が陣を張った所が陣山といわれています。

江戸時代に入って黒崎宿が開かれるまで、紅梅の南の古道が使われました。東から尾倉、前田、隈崎(仰星学園高校付近)、鳴水を通って、現在の幸神に到るルートでした。中世、この古道の南に花尾山があり、そこに築かれた花尾城を居城とする麻生氏は、洞海湾に接する現在の北九州市の半分を含む遠賀郡を領有する豪族でした。

室町時代後期、花尾城主麻生上総介重郷(しげさと)は、大内家のはからいで、京都の公家の娘、紅梅姫を側室に迎えました。紅梅は重郷に寵愛されました。しかし、正室の柏井(かしわい)の方の嫉妬による讒言で、重郷に疎まれるようになりました。紅梅は山に引き籠って暮らすようになり、気を紛らわすことは、満月の夜に馬で駆けることぐらいでした。そして遂には恨みを抱いて、自害しました。

紅梅姫の住んでいた花の御殿に、重郷と柏井の方の間の八重姫が住んでいましたが、病に伏すようになりました。柏井の方が八重を見舞いに訪れると、紅梅の亡霊にとりつかれた八重は、柏井の方を懐剣で切りつけました。すぐに取り押さえられましたが、柏井の方は幾日も苦しんだ挙句に亡くなりました。この後も謀略に加担した者達に変事が起こりました。その折には、月明かりの中、馬で天空を駆ける紅梅姫の姿が見られたということです。紅梅の無実を知った重郷は後悔し、お堂を建てて地蔵菩薩を祀り、紅梅姫の霊を慰めました。その後変事は無くなりました。

1889(明治22)年鳴水・熊手・藤田村が合併して黒崎村となりました。1897(明治30)年、黒崎村が黒崎町になりました。1926(大正15)年、黒崎町は八幡市に編入されました。

1891(明治24)年、九州鉄道により現在のJR鹿児島本線が開通しました。この時、黒崎駅ができました。1911(明治44)年、九州電気軌道(九軌)により門司東本町・黒崎駅前間の電車の営業が始められました。1942(昭和17)年、同社は他社と合併し、西日本鉄道(西鉄)となります。戦後のモータリゼーションの発達により、西鉄電車は路線維持が困難となり、1992(平成4)年砂津・黒崎駅前間が廃止になりました。
国道3号線の陣山2丁目交差点で西から東を見ています。かって、この通りを電車が通っていました。先方に陣山電停がありました。交差点の先の両側は陣山で、この先国道は右にカーブして坂を上って八幡東区桃園に到ります。
   
陣山2丁目交差点で東から西を見ています。先方に紅梅電停がありました。交差点の先の両側は紅梅で、その先は藤田になり、黒崎駅前に到ります。  
   
陣山2丁目交差点で南から北を見ています。国道3号線に並行して北側にJR鹿児島本線が通っています。
   
陣山2丁目交差点の国道3号線に歩道橋が架かっています。その上から北側の眺めです。手前をJR鹿児島本線、すぐ先を国道3号線黒崎バイパスが通っています。左手は標高62.5mの城山で、山麓に人家が多く建っています。、右手は古くから洞海湾を埋立てた埋立地で、東浜町、その先が築地町で、戦前から多くの工場が建設されました。それらに関連した鉄工所などが陣山や紅梅にはたくさんありました。先方の山は、洞海湾の先にある若松の石峰山です。
陣山2丁目交差点の歩道橋から南側の眺めです。道路の左手が陣山、右手が紅梅です。  
   
陣山2丁目交差点の歩道橋から南々東の眺めです。左端の山頂に鉄塔のある山は標高622mの皿倉山です。その右の同じく鉄塔が見えるのが618mの権現山で、その右の高い山が490mの帆柱山です。権現山の右下にぼんやり重なっているのが、花尾城跡の351mの花尾山です。右側の一番手前が213mの河頭(ごうとう)山です。
陣山2丁目交差点を南に行きます。皿倉山の右下に高いフェンスがあり、その中に木立が見えます。陣山の南側の高台にあった陣山小学校の跡地です。
   
2007(平成19)年4月、陣山小学校と隣接の黒崎小学校が統合され、北九州市立黒崎中央小学校になりました。黒崎小学校跡に新校舎が建設され、その間、この旧陣山小学校が黒崎中央小学校として使われました。2009(平成21)年4月、黒崎小学校跡に新校舎が完成し、黒崎中央小学校は移転しました。
陣山小学校の跡地は、現在、北九州市立高校第二グランドとして使われています。北九州市立高校は戸畑区浅生一丁目にあり、2007(平成19)年に現在の校名に改称されるまでは、市立戸畑商業高校でした。
 
   
陣山と紅梅との間の通りを更に南に行きますと、市道山手線の清納2丁目交差点に出ます。そこを直進します。先に行けば岸の浦に到ります。右カーブした先の左手に紅梅郵便局があります。そこを左折します。山手に向かって進みますと、突き当りの三叉路になります。手前の左側に仰星学園高校の新しい校舎があり、突き当りの向こうは旧陣山中学校の跡地で、現在は仰星学園高校の校地・校舎になっています。1999(平成11)年、陣山中学校は隣接の花尾中学校と黒崎中学校に分割統合されました。翌2000(平成12)年黒崎中学校舎の新築工事が始まり、黒崎中学校は旧陣山中学校舎に移転し、2002(平成2)年4月に新校舎完成で黒崎中学校は戻りました。
この付近を古道が通っていました。突き当りの道を東に行くと、花尾中学校の南側で石段になり、その右側を「史跡古官道」といわれる道があります。詳細は「八幡のまちかど」の「桃園」をご覧ください。
   
紅梅郵便局前交差点に戻り、岸の浦方面に進みますと、左手すぐの小高い所に大木がそびえています。そこを昇ると横に小さなお堂があります。かってここに紅梅地蔵堂はありました。1945(昭和20)年8月の八幡大空襲で、地蔵堂は焼失しました。小さなお堂の前に「紅梅地蔵堂跡」の石碑が立っています。紅梅地蔵は本寺の浄蓮寺に安置されました。
紅梅地蔵堂跡のイチョウの大木の下には、小さなお堂が建てられています。
1878(明治11)年、黒崎は旱魃による飢饉に見舞われたため、木食(そばくい)上人(源唯行)に河頭山で雨乞いをしていただいたところ、雨が降ったそうです。木食上人が黒崎に居られる時は、浄蓮寺末庵の紅梅地蔵堂を住居にしていました。
花尾山や河頭山については「八幡のまちかど」の「花尾山・河頭山」をご覧ください。
 
   
陣山2丁目交差点に戻り、国道を西に行きます。左手に浄土宗法林山浄蓮寺はあります。紅梅のすぐ隣の藤田1丁目です。国道から入ると、山門が見え、その奥に本堂があります。山門横から本堂の横を通って、浄蓮寺の裏手に行くことができます。浄蓮寺の裏手には、紅梅地蔵尊・愛宕地蔵尊が祀られ、芭蕉塚・木喰上人(源唯行)の墓・慈母観音像があります。
左奥に木食(そばくい)上人の墓はあります。源唯行は蕎麦を常食にしていたので、木食(そばくい)上人と呼ばれました。1893(明治26)年にも黒崎は旱魃に見舞われ、上人に祈願をお願いしました。雨乞い満願成就の後、河頭山に上人直筆の石碑が建てられました。その後も旱魃のたびに黒崎村の村人は、その石碑の前で降雨を祈願しました。
上人は博多の寺に葬られていましたが、墓地改葬により浄蓮寺に安置されています。
   
右奥に芭蕉塚はあります。1694(元禄7)年、松尾芭蕉は死去します。その三回忌に、筑前蕉門の久芳水颯と関屋沙明は同門の俳人に諮って、彼らの旦那寺の浄蓮寺に芭蕉の追善供養のこの碑を建てました。芭蕉塚の左が関屋沙明。右が久芳水颯の墓です。  
   
右手奥のお堂に紅梅地蔵は祀られています。
藤田、熊手、そして黒崎については、「八幡のまちかど」の「黒崎」をご覧ください。


You Tube でこのページの動画がご覧になれます
この先をクリックしてください → 陣山・紅梅


トップへ

北九州点描へ

ホームへ