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高蔵山森林公園
  小倉南区大字吉田  [2011/02/26]
 

高蔵(たかくら)山の北東山麓は治山工事が行われた後、森林が整備され、森林公園になっています。明治時代、高蔵山の南東山頂下に高蔵山堡塁が築かれました。その遺構は残っていますが、行きづらい場所にあるため、訪ねる人は余りいません。
1886(明治19)年、陸軍省は全国の重要な地に砲台を築造し、沿海の防備を厳しくすることにしました。当時、定遠・鎮遠という巨大戦艦を有する清国の北洋艦隊の脅威を感じていた関門地区には、関門海峡を挟んだ下関と北九州に砲台と堡塁が築造されました。陸軍は、敵艦船を砲撃するのを砲台、砲台の背面防御し、陸戦砲撃をするのを堡塁としました。北九州では、田向山(手向山)・笹尾山・矢筈山・古城山・和布刈砲台が、また富野・高蔵山堡塁が築造されました。
高蔵山堡塁は1899(明治32)年起工され、翌年1890年(明治33)竣工しました。1899年には12糎カノン砲4門、翌年には15糎臼砲8門が配備されました。カノン砲は砲口径に比べて砲身長が長く、初速は高く、直射を主にする砲です。臼砲は砲身長に比べて砲口径が大きく、肉厚の砲身で、初速は低く、弾道は高く曲射されます。口径の糎(cm)は、陸軍が最初はフランス式を採用していたためサンチと呼ぶことが多いですが、センチのことです。高蔵山堡塁の任務は、周防灘方面からの侵入を防御し、関門海峡を防御する笹尾山砲台(門司区鳥越トンネルの南側台上)の背面防御でした。高蔵山は高倉山とも記され、高蔵山堡塁は高倉堡塁ともいわれていますが、ここでは高蔵山堡塁とします。
関門海峡を挟む砲台・堡塁を統合した関門要塞は、1895(明治28)年下関要塞と呼称されることが正式に決まり、下関要塞司令部が発足し、砲兵連隊が配備されました。それらの地域は下関要塞地帯と呼ばれました。これらの砲台・堡塁は明治末には廃止となりますが、機密保持のため立ち入りは制限され、地域内の測量・撮影などは1945(昭和20)年の終戦まで要塞司令部の許可が必要でした。
県道25号門司・行橋線を寺迫口から北東に進み、沼小学校前の信号を過ぎると、高蔵山森林公園の標識が路上に見えます。その先の沼本町3丁目交差点を左折します。道路はすぐに左折と直進に分かれますが、直進の細い道の方を進みます。標高357mの高蔵山が見えてきます。
南東から高蔵山の南側を見ています。山頂南東下にある高蔵山堡塁跡は地上からは見えません。青い重機の上に見えるのは九州自動車道です。九州自動車道の下をくぐると、道は突き当たり、右の山手に上って行きます。
山手に上るこの道は沼林道です。先方に高蔵山森林公園の入口を示すようにトーテムポールが立っています。このトーテムポールは高蔵小学校の生徒達によって作られたものです。
直進しますと、右側の路肩が広くなって、高蔵山森林公園駐車場の看板が出ています。
そこからの眺めです。下に公園の広場が見えます。
まずは高蔵山堡塁跡を訪ねます。駐車場からアスファルト舗装の道を進みますと、左手にこの道標が出ています。森林公園の常緑の森の中を通ります。森の中を登るつづら折りの山道で、行程の中で一番の坂ですが、しばらく登ると広い道に出ます。
広い道は林業に使われる道のようですが、砂利道は所々雨でえぐられ、石が露出して歩きやすくはありません。ここは高蔵山の北東に位置します。高蔵山の南東山頂下の高蔵山堡塁に行くには、広い道に出て左に行きそうですが、右に緩やかな坂を登って行きます。高蔵山堡塁跡に通じる道は、足立山と戸ノ上山山頂を結ぶ企救自然歩道から高蔵山堡塁跡がある高蔵山広場をつなぐ道に入ることが必要です。その道は高蔵山の北西にある山の東側山腹を通って高蔵山広場に到りますので、高蔵山の北西の山を目指します。
右側に道標があります。右下に広場、こちら側に常緑の森と書かれて指しています。森林公園のアスファルト舗装の道との間の道を示しています。常緑の森の道の手前にもう1本道があって、森林公園からこの道に3つの山道がつながっています。
先に見える高蔵山より高い標高454mの山を目指して、緩やかな坂を登って行きます。左手の斜面に砂防ダムがあったり、治山工事が行われたコンクリート擁壁がある所を過ぎます。近年の大雨で、斜面が崩落している個所もあります。
先に進むとこのように左手の岩から水が流れ出ています。道を横切り右の斜面を流れた水は、森林公園の広場にある池に流れ込みます。
その先を進むと道は狭くなっていきます。左側の崖が崩落した先に、このケルンがあります。その先に高蔵山広場1,600Mとこれまでの道を示す沼本町と書かれた道標が立っています。ここは高蔵山の北西、標高454mの山の東に当たります。
狭い山道を登って行きます。分かれ道に着きます。こちら側に沼本町、左側に高蔵山広場1,300Mを示す道標が立っています。道標はありませんが、右に登って行くと企救自然歩道に到ります。
高蔵山広場へは登りは少なく、下って行くか、平坦な道が続きますが、強い風雨のせいで、山道への倒木個所が数個所あります。
ここは水が流れるためか、道の上を石がごろごろしています。左斜面の下は、先程の岩から水が流れ出る所になります。標高454mの山の南に当たります。
しばらく行くと、楓の木がある少し広い所があります。木にもみじの森と書かれた札が下がっています。ここは高蔵山山頂の西の真下です。先の木に高蔵山の小さな道標が右を指しています。そちらは山頂方向なので、そのまま直進します。高蔵山の山頂下を西から北、そして東に向かいます。
高蔵山の山頂下を東から南に向かうと、九州道を通る車の音が聞こえてきて、南東方向の視界が開けてきます。中央の小島は曽根干潟沖の間島で、手前左側は小倉南区吉田の住宅地です。その右の川は竹馬川です。間島の先は周防灘で、沖合に北九州空港があります。
林を過ぎると、視界が開け、草の茂った広場になります。高蔵山広場は高蔵山堡塁の営庭跡で、その先に高蔵山堡塁の赤レンガの倉庫群が残っています。高蔵山森林公園からここまで約3kmで、1時間余の行程です。
倉庫群の左右からその上に昇って行くと、その背後に砲座群がありますが、茂みに妨げられていますので、行くのをあきらめました。
倉庫の入口です。入口の間の上に雨樋が、下には通気孔が設けられています。
倉庫の内部です。一番奥で倉庫群は通路でつながっています。
駐車場まで戻り、アスファルト舗装の道の先を進みますと、道路は行き止まりになります。その手前から公園の広場に下りて行けます。
高蔵山森林公園の広場まで下りて来ました。沢には治山ダムが設けられ、そこを流れてきた水がこの池に集まります。左手の高い所が高蔵山です。右の山の背後の山の中腹を通って、高蔵山堡塁跡に行きました。
高蔵山森林公園にはスギ・ヒノキの森、常緑樹の森、ドングリの森、ケヤキの森などが整備され、森の中を山歩きできるようになっています。
広場は段々になっています。下の段の建物はトイレです。その下も広場になっています。広場には桜が植えられています。右の山は、標高236mの鋤崎山です。


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