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高須  若松区  [2013/03/16] 
 

 
かって遠賀川河口の右岸付近であった高須は、高い州であった所から付けられたといわれています。慶長初年(1596)以前は有毛(ありげ)村の一部でしたが独立し、それ以来江戸時代から1889(明治22)年まで高須村でした。1889(明治22)年からは蜑住・有毛・乙丸・大鳥居・小敷・浅川・払川・塩屋・高須村が合併して江川村になり、高須は大字となりました。1908(明治41)年江川村と洞北村が合併して島郷村となり、1931(昭和6)年島郷村は若松市に編入されました。丘陵地が大部分を占め、田畑が1割程しかなく、大部分が山林と原野でした。

北九州市の中でも、住宅地として開発されたのは新しい方です。南を江川が流れる広大な丘陵地は、地形に沿って住宅地になっていきました。1981・83(昭和56・8)年高須西・高須南・高須東・高須北の新町名が付けられました。その後も開発は続き、青葉台西・青葉台東・青葉台南との町名が付けられました。  
 
二つの地図は国土地理院発行の2万5千分の1の地形図(折尾)を使用しました。左は昭和44(1969)年の改測地図です。右は昭和55(1980)年の修正測量地図です。
左は開発前の高須です。1972(昭和47)年高須土地区画整理事業が認可され、1975(昭和50)年高須の都市計画が決定しました。1984(昭和59)年土地区画整理事業は完了しました。その事業が進行しているのが右の地図です。
その後、1986(昭和61)年若松西部土地区画整理事業が認可され、1989(平成元)年青葉台の都市計画が決定しました。1992(平成4)年土地区画整理事業は完了しました。この地区は、右の地図では開発された高須の北の部分になります。これで現在の高須全体になりますので、巻頭の右の地図をご覧ください。  
県道26号北九州・芦屋線を、若松区二島から芦屋に向かいます。小敷橋交差点で左折して、江川沿いに進みます。この付近は大鳥居です。
   
江川の右岸が大鳥居で、左岸は小敷です。先に行くと太閤水になり、その先江川の右岸は高須になります。
遠賀川河口と洞海湾を結ぶ江川は、かって川ひらた(五平太船)が行き交い、舟運に利用されました。
江川については、「北九州点描」の「江川」をご覧ください。
 
   
浅川橋が架かっています。道路も交差して、浅川橋交差点になります。この付近から左岸は八幡西区浅川で、右岸が若松区高須です。先方に見えるのは、浅川の日峯山です。
浅川については、「北九州点描」の「浅川」をご覧ください。
   
浅川橋交差点を直進し、江川沿いに進みます。
右岸は高須で、崖の上の一段高い場所にあることが分かります。左岸は八幡西区三ツ頭(みつがしら)といいます。三ツ頭は江川・曲川・遠賀川が合流した所を、満潮で潮流が川を遡る様子からつけられた地名です。
 
   
高須と三ツ頭の間を江川沿いに進むと、先方の県道26号北九州・芦屋線と202号水巻・芦屋線との向田橋交差点に出ます。江川は向田橋交差点の先、202号水巻・芦屋線沿いで曲川と合流します。江川はその先の芦屋町山鹿で遠賀川の河口に流れ込みます。
芦屋については「北九州の近隣」の「芦屋」をご覧ください。
   
浅川橋交差点に戻り、左折して高須の商店街の通りに入ります。最初の角を右折すると、老人ホームが見えますので、その前を左折すると戸明神社(とあけじんじゃ)の鎮守の森が見えます。
若松区安屋・有毛・乙丸・大鳥居・高須に戸明神社がありますが、蜑住(あまずみ)に本宮があります。天照大神が隠れた天の岩戸を開いた天手力雄神(あまのたぢからお)を祀っています。戸明はこれに由来するといわれています。
戸明神社については、「北九州点描」の「有毛」をご覧ください。
 
   
戸明神社の鳥居の前の通りを左手に行って、高須の商店街の通りに戻ります。高須の商店街の通りは、南の江川から左にカーブして北西の県道26号北九州・芦屋線にかけて緩やかな上り坂です。
途中の高須小学校前交差点から北西を望んでいます。高須小学校は右手に行った所にあります。高須小学校は1984(昭和59)年開校しました。他に、高須中学校は1990(平成2)年に、青葉小学校は1991((平成3)年開校しました。
   
高須の商店街の通りを北西に行くと、県道26号北九州・芦屋線と交差します。その高須交差点の南角にスーパーサンリブ高須店があります。サンリブ高須店は1984(昭和59)年開店しました。サンリブ高須店の南には、高須市営団地、高須県営団地が建設されています。その南にはトヨタ自動車九州の社宅が1991((平成3)年に建設されています。
高須交差点です。手前の通りが県道26号北九州・芦屋線です。交差点を直進し、更に先に進みます。その先まで緩やかな上り坂です。
上り坂から道は右にカーブし、北側に一気に下り坂になります。谷間に信号が見えます。高須西1丁目交差点です。そこを右に行くと、最初に通った太閤水に行きます。左に行くと芦屋町大君に到ります。かっての若松と芦屋を結ぶ若松街道は、この谷間を通っていました。この通りから手前が高須で、向こうが青葉台です。左上端の建物は、青葉小学校の校舎です。
谷間から上って行きますと、青葉台の頂上付近に交差点があります。その交差点から左、北に行っても、右、南に行っても下り坂になります。
北に少し行くと右手に青葉台病院があります。左が青葉台病院で、右が青葉台メディカルスクエアです。
 
   
青葉台病院の前の坂道を下って行きます。下り切った所に山鹿と蜑住を結ぶ道路との交差点があります。
   
坂道を下った交差点から、青葉台の北側の様子です。
青葉台の頂上の交差点に戻り、反対の南側に下りて行きます。この通りの住宅の外構は、自然石の石垣に二段の植栽がされています。道路には電柱はありません。
先に進みますと、県道26号北九州・芦屋線との高須青葉台入口交差点に到ります。遠くに、八幡東区の皿倉山や権現山が見えてきました。


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