北九州点描

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有毛  若松区  [2012/12/15]
 
有毛(ありげ)は在家が転じたものといわれ、在毛とあらわされた時代もありました。荘園があった時代、この地に荘園内の集落があったことを物語ります。古代、遠賀川の河口部は入江になっていました。洞海湾は埋立てられる前で今よりずっと広く、遠賀川の河口部と洞海湾を結ぶ江川は今より広く深い川で、蜑住付近まで洞海湾の入江の様になっていました。このような状態でしたから、現在の若松区の東から西の芦屋町山鹿までは響灘、洞海湾、江川、遠賀川に囲まれ島のように思われていました。このことから島郷という呼び方も出てきます。古代から中世にかけてこの地域は山鹿荘と呼ばれましたが、その範囲は時代が下ると洞海湾岸の他の地域まで広がりました。熊襲を平定するため仲哀天皇と神功皇后は西下します。仲哀天皇は響灘を行きます。神功皇后は洞海湾に入って行きます。「日本書紀」によると仲哀天皇は山鹿岬をまわって岡津に入りました。岡津は遠賀川の河口部にありました。山鹿岬は、現在の有毛の海岸部、岩屋の遠見ヶ鼻、別名妙見埼に当たります。この頃より郷名に山鹿が使われていました。

平安時代、現在の頓田貯水池の東側の若松区は、大宰府の観世音寺の荘園でした。その西側の若松区と芦屋町山鹿はどこの荘園だったかは不明です。県道26号北九州・芦屋線の大鳥居交差点の西側を、大鳥居の小字で正の江と呼びます。平安時代庄家(しょうげ)があり、庄の家が転化して正の江になったと思われます。庄家とは、荘園領主が任じた荘官が荘園管理を行った建物でした。正の江の南を江川が東西に流れ、東側を北から南に流れて来た坂井川が江川に合流します。坂井川は東の蜑住と西の大鳥居の境になる川です。正の江の西側に戸明(とあけ)神社があります。中世、麻生氏が小竹(おだけ)に白山神社を建立の際、大鳥居に大きな鳥居を建てたといわれています。しかし、かって大鳥居の戸明神社は北西方向の海岸にあった戸明神社の遙拝所で、そこに鳥居を建てたといわれていることの方が有力かもしれません。坂井川を北に遡って行きますと、有毛に到ります。

中世、有毛は山鹿荘内の一郷で、麻生氏の支配下にありました。しかし、麻生氏による白山神社の勧請以前より、山鹿荘内には二つの神社がありました。東が二島の日吉神社で、西側が響灘の海岸にあった戸明神社で、二つの祭祀圏を形成していたと思われます。戦国時代の享禄年間(1528-32)、戸明神社は蜑住に遷されました。この本宮の他に安屋・有毛・大鳥居・高須に戸明神社はあります。その勧請は近世になってからですが、それまでの本宮への信仰が強く、氏子達により勧請されたものと思われます。

有毛は、江戸時代から1889(明治22)年までは有毛村で、同村に岩屋浦も含まれています。天保年間の家数は85で、そのうち岩屋浦は30でした。明治22年の戸数は153でした。1889(明治22)年、蜑住・有毛・乙丸・大鳥居・小敷・浅川・払川・塩屋・高須村が合併して江川村になり、有毛は大字となりました。1908(明治41)年江川村と洞北村が合併して島郷村となり、1931(昭和6)年島郷村は若松市に編入されました。

有毛の海岸部の岩屋には、景勝地の遠見ヶ鼻があり、隣接して漁港があり、活魚を提供するかんぽの宿や割烹旅館が立地しています。漁港から西は砂浜の岩屋海水浴場が続きます。内陸部は若松特産キャベツの一大産地です。  
江川の北を県道26号北九州・芦屋線が通っています。県道26号北九州・芦屋線の大鳥居交差点と大鳥居西交差点から北上する道路が県道11号有毛・引野線として合流します。その左手、西側を坂井川が流れています。その東側は蜑住、西側は大鳥居です。稲国橋交差点を過ぎると、東側は蜑住で、西側は乙丸になります。右手東側にひびき灘公園墓地が見えてきます。その手前から東側は有毛で、西側は乙丸のままです。人家が見え、先方に有毛交差点があります。この交差点で、国道495線は左の西から来て、先の北に直角に曲って行きます。
江川の大鳥居付近については、「北九州点描」の「江川」をご覧ください。
   
有毛交差点手前から西側も有毛になります。有毛交差点を左折して、国道495線を西進します。右手がキャベツ畑で、左に若松ゴルフ倶楽部の案内がある交差点があります。この一帯は乙丸が有毛の西側に海岸まで張り出しています。その西側は遠賀郡芦屋町です。
その交差点を右折して北に進みますと、キャベツ畑に続いて、若松乗馬倶楽部の建物が左手に見えます。ここは乙丸です。
乙丸の詳細は「北九州点描」の「ほら貝祭」をご覧ください。
 
   
若松乗馬倶楽部の建物の奥に厩舎があり、その横に馬場があります。
若松乗馬倶楽部の公式サイトは、下記の通りです。
   http://741-2190.jimdo.com/
   
若松乗馬倶楽部の前の道を更に進みますと、右手に海が見えてきます。遠賀郡芦屋町に入っています。芦屋町に入ってすぐの右手の道路脇に、はまゆうの群生地があります。はまゆうは海流によって南方から運ばれたと思われます。花は7月下旬から8月上旬に咲きます。その先、坂を少し上った左手に駐車場があります。はまゆうの群生地を下って海岸に出ます。砂浜の海岸を右手、東に行きますと、岩場があります。そこを越して行くと、その先も砂浜の海岸になっています。この付近までが芦屋町です。その先にまた岩場があります。その辺りは乙丸の海岸です。岩場の上から海岸を眺めています。岩の崖になっています。かって戸明神社は、岩屋と柏原(芦屋町)の間の戸明浜にあったと伝えられています。この付近だと思われます。
芦屋町のはまゆうについては、「北九州の近隣」の「芦屋」をご覧ください。
この岩場の東の先は砂浜が続きます。岩屋海水浴場です。その先に遠見ヶ鼻が突き出ています。左端の遠見ヶ鼻の上にかんぽの宿が見えます。
有毛交差点に戻ります。有毛交差点を直進します。この道は蜑住団地の方に伸びて行きます。道の側の畑は、一面キャベツでいっぱいです。またこの道路を戻りますので、途中の様子は後程紹介します。
蜑住に入って、左手に戸明神社が見えます。
 
   
ここが戸明神社の本宮です。天照大神が隠れた天の岩戸を開いた天手力雄神(あまのたぢからお)を祀っています。本殿の横に天手力雄神の像が建てられています。
   
有毛交差点に戻る途中、右手にキャベツ畑があり、更にその先、右の小山に十五所神社が鎮座しています。部落毎、集落毎にお社があります。この神社もそのひとつです。由来・由緒もありませんが、古より村民から崇拝されてきました。天保の年号がある手水鉢がありました。  
   
十五所神社の先にキャベツ畑が広がっています。若松キャベツの名で売り出されています。若松はキャベツの国の野菜指定産地で、有毛はその中心地です。先方は有毛の小字、八光丸の集落です。
有毛交差点に戻り、右折して国道495線を北に進みます。すぐ先に岩屋海水浴場に行く、左折の道があります。左折するとキャベツ畑が広がっています。
道は岩屋海水浴場の中間に出ます。岩屋海水浴場の西側の眺めです。白い建物の右横に駐車場があり、その手前にはまゆうの群生地があります。先程は、白い建物の左下に見える崖の岩場に立っていました。
岩屋海水浴場の東側の眺めです。遠見ヶ鼻が突き出ていて、その上にかんぽの宿が見えます。その下は防波堤に囲まれた岩屋漁港です。
右手の海水浴場の側を、道路は通って漁港に到ります。
海岸部の岩屋については、「北九州のみどころ」の「若松北海岸」で詳しく紹介しています。
国道495号線に戻り、北に進むと八光丸入口のバス停があり、その先が交差点になっています。左折して、細い道に入って行きます。八光丸の集落を通ります。池の右側を通り、突き当りを右折し、次の突き当りを左に行きます。畑が広がっている中を右に入って行きます。その先の左手に小山があり、鳥居が見えます。有毛の戸明神社が鎮座しています。
先を進むと、左手は十五所神社が鎮座する小山で、先程の十五所神社の横に出ます。
   
有毛交差点に戻り、再度右折して国道495線を北に進みます。八光丸入口のバス停の少し先右手に、レンタルカートの看板が出ています。そこを入って行くと、高台に北九州カートウェイのカートコースがあります。
北九州カートウェイの公式サイトは下記の通りです。
  http://www.kitakyushukart.co.jp/
 
   
北九州カートウェイの先、新屋敷の交差点があります。そこを左折して入って行くと岩屋漁港に出ます。その先に新屋敷北口交差点があります。そこを左折すると遠見ヶ鼻に入って行きます。ふたつの交差点の中間を右折して集落に入って行きます。細い道に入って行き、集落を抜けると、キャベツ畑が広がっています。畑の手前を右に入って行きます。左の上に、皿倉山がかすかに見えます。若松キャベツは肉厚で甘味があると評判です。巻きがよく、大きくなると、出荷されます。
畑の手前端をたどって行くと、再度有毛の戸明神社の横に出ます。


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